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カテゴリー:連載コラム「ぬらくら」
2023/12/20

ぬらくら第152回「索引 ~の歴史」

──グーグルの検索エンジンはWebを検索しているわけではありません。グーグルが作成したWebの索引を検索しているのです(マット・カッツ)──

今回も本の紹介です。

知人に勧められてデニス・ダンカン著『索引 ~の歴史』を読んでみました。
本の巻末にひっそり挿入されている、あの索引(インデックス・Index) の歴史です。

デニス・ダンカンは序文の中で、索引作りとは主婦が台所用品をそれぞれの居場所にふさわしい置き場所を決めて、それらを収納する作業だといっています。いずれ、家族の誰もがその収納場所に馴染んで、自分で台所用品を見つけられるようになるからだ、というのです。

これをリストにして書き出せば、日頃その台所を使わない人でも、何処に何があるのか、直ぐに見つけ出して利用することができるというのです。確かに台所用品の収納場所を示すリストは本の索引が持つ機能によく似ています。

歴史というからには〈始まり〉があります。

著者は第1章で、言葉をアルファベット順に並べることが行われた始めた時期(BC2000頃)に触れます。

第2章では索引誕生の経緯を次のように紹介しています。

13世紀に入ると本の有用な利用方法を探る動きが高まります。それを受けて、対象にしている本に書かれている言葉を集めた用語集と、概念を集めた主題集が生まれます。これらはそれぞれ用語索引(コンコーダンス)と主題索引と呼ばれ、これを実用的なものにしたのが、言葉をアルファベット順に並べるというアイデアです。

用語索引とは対象とした本から言葉を抽出して、その言葉が本文中に現れる箇所とその用例を列挙したものです。主題索引とはその本が扱っている人命・地名などの固有名詞や概念などを見出し語にした索引です。この二つともが時を同じくして13世紀中葉に生まれたと著者は指摘しています。

13世紀、パリのドミニコ会修道院で生まれたラテン語聖書用の用語索引がそのうちの一つで、史上初の用語索引です。この用語索引を作ったのはヒュー(ドミニコ会修道会士で詳細は不明)だといわれています。
一方、ロバート・グロステスト(1175-1253/神学者)が自身の読書録をタブラと呼ばれる大部な目録にしたのが史上初の主題索引です。今も一般的な本の巻末に付けられているのが主題索引です。

索引が機能するには索引に集められた言葉がその本に収録されている箇所と紐付けられていることが必要です。しかし、グロステストの時代には未だ本にノンブル(ページ番号)はついていませんでした。グロステストは、索引に収録された項目につけたのと同じ記号をページの余白に書き込んでいました。

第3章で著者はノンブルが誕生した瞬間についてドラマチックに述べています。

印刷されたノンブルが登場するのはグロステストの主題索引から200年後のことになります。それは、オックスフォード大学ボドリー図書館が所蔵する24ページのペーパーバックスほどの大きさの説教集です。この説教集の著者はケルンのカルトゥジオ会修道士ヴェルナー・ローレヴィンク(1425-1502)で、同じケルンのアルノルト・テルヘルネンの印刷所で1470年に印刷されたものです。そのページの余白に、印刷されたモノとしては初めてのノンブルを見ることができます。

ヨハネス・グーテンベルグが初めて活字による印刷に成功してたのが1439年といわれていますが、そこから活版印刷術と活版印刷術による印刷本が急速に普及していきます。
印刷による本にノンブルが印刷されることによって索引の普及は加速していき、宗教書、歴史書、法律書はもとより、医学書、数学書、物語、歌集などにも索引がつくようになります。

第4章では独り歩きを始める索引について、当時の識者が苦言を呈する様が描かれています。

1532年、ロッテルダムのデジデリウス・エラスムス(1466-1536/人文主義者、カトリック司祭、神学者、哲学者)が一冊が丸ごと索引の形式をした本を書きます。そしてその序文で「この頃は多くの人が索引しか読まないので、こういう本を書かなくてはならなかった」と述べています。さらに10年後、コンラート・ゲスナー(1516-1565/スイスの博物学者、書誌学者)は「索引が無知な人間やいい加減な人間によって誤用されている」とまでいうようになります。

この頃になると索引の冒頭にその構成や使い方の説明が付くようになり、本を読む時に索引から読み始めるなど、索引に依存する読書者が増えていると指摘されるようになります。本文を読まずに索引に目を通すだけでその本を読んだと同じだという読書者まで現れてきたと、著者は紹介しています。

第5章には、17世紀末に起きたチャールズ・ボイル(1639-1694)とリチャード・ベントリー(1662-1742)の間で起きた『ファラリス書簡 (* 1)』を巡る論争が紹介されています。この論争のユニークなのは索引という形をした出版物を通じてお互いをこき下ろすというものでした。

18世紀初めにイギリスの二大政党、トーリー党(保守党の前身)とホイッグ党(自由党の前身)の間で起きた政治的な衝突の例も紹介されています。

この二つの政党はその政策をめぐって激しく対立し、両政党間の衝突は双方が発行する政治パンフレットで広く知らされました。そのパンフレットがお互いに相手方を装って記事を書くなど加熱する一方で、相手方の党員が書いた本に、対立する政党党員がその著書の索引を作って、索引中に相手方を貶める内容を盛り込むという「索引もどき」の出版合戦が起きています。

第6章には宗教書や歴史書、法律書ではないフィクションに付けられた索引が紹介されています。以下はその一例です。

1711年、ロンドンでジョゼフ・アディソン(1672-1719)とリチャード・スティール(1672-1729)によって日刊紙『スペクテーター』が創刊されました。
毎号、大判一枚きりの用紙の片面のみに2,500語ほどの長さの文学・哲学・さまざまな題材のエッセーを掲載した安価な『スペクテーター』は市民に大変に人気があり、クラブやコーヒーハウスで回し読みされるのが常でした。

わずか2年間の刊行でしたが廃刊までに555号発行され、後にそれらが7冊の本にまとめられます。本になったことで『スペクテーター』の居場所がコーヒーハウスのテーブルから本棚へと移り、読まれ方も「コーヒーを飲みながら……」から「読み返す、参照する……」に変わります。合本になり参照文献のようになった『スペクテーター』が出版される際には索引が付けられました。

第7章は、索引が閉じた世界から開いた世界に挑戦する記録です。
この章はシャーロック・ホームズ (* 2) 十八番のセリフ『ワトソン、すまないが索引帳で調べてくれないか』から始まります。ホームズの索引帳とは、彼が携わった事件に関連する多岐にわたる資料から抜き取ったキーワードをアルファベット順に並べたものです。彼の索引帳は一つの資料を対象としたものではなく、さまざまな資料にアクセスできるように作られたものでした。

著者はこの章の大半を図書館員会議とイギリス索引協会発足の顛末を詳細に綴ることにあてています。 1876年に各国の図書館業界に関わる人たちがフィラデルフィアに集まって、一回目の図書館員会議を開きます。翌1877年にはその規模を拡大して第二回の会議がロンドンで開かれます。この二回目の会議でJ. アシュトン・クロス (* 3) が「主題についての普遍的索引」という題で講演を行います。その内容は「あらゆる分野の知識いついて統合された大掛かりな索引を作る」という国際的な事業を提案するものでした。

クロスのこのアイデアは参加者の心を捉えたのですが、図書館員会議はそれを実現する手立てが見つけられなかったようです。二回目の図書館員会議からからわずか三週間後に、クロスは自身の提案に賛同できる人を対象にしてイギリス索引協会を結成し「普遍的索引」の作成に着手します。ことの顛末はここに紹介するには長すぎるので、興味をお持ちの読者はぜひ本書で確かめてみてください。

第8章は索引とコーンピューターの話です。
著者はその手始めにイタリアの作家、イタロ・カルヴィーノ(1923-1985/小説家、幻想文学作家、評論家)の作品で1979年に上梓されたメタフィクション (* 4) を駆使した『冬の夜ひとりの旅人が 』を紹介しています。

その中でカルヴィーノは登場人物のロターリアに「きちんとプログラムされた装置なら数分間で一冊の小説を読み終えて、その内容を表にして出力する。その表には、テキストのなかに含まれるあらゆる語彙が頻度順に記録されている。『それにざっと目を通すだけでその本が私の批評研究に提供する問題点が掴めるのです』」といわせています。

ロターリアが言っている装置は暗にコンピューターの存在を示しているようです。『冬の夜ひとりの旅人が 』が出版されたのは1979年ですが、実際にこの頃にはコンピューターの技術が文字の世界に進出しています。コンピューターが用語索引の作成に利用されたり、手元で索引を作ることができるアプリケーションソフトウエアが現れています。

併せて著者はインターネット上の大量の文章を仕分けし、検索の足がかりとなる簡単な方法の誕生にも触れています。

2007年8月23日、Web開発者のクリス・メッシーナがツイッター(Twitter/現 X)に「ポンド(#)記号を使ってグループを表すのはどうだろう。例えば#barcampみたいに」と投稿したことがそれです。

これは国際会議のネットワークBarCampについて投稿する時に、その投稿の先頭に#barcampというタグをつけてはどうかという提案で、これがハッシュタグの誕生です。ハッシュタグは今ではSNS(* 5)の世界に定着していることは読者の皆さんがご存知の通りです。

いよいよ最終章、結びです。
著者は最終章の最後に「封筒詩」という聞きなれない形の詩を紹介してペンを置いています。

冒頭のグーグルの検索エンジンに関するコメントは同社のエンジニア、マット・カッツ(Matthew “Matt” Cutts)によるもので、本書の序文からの引用です。


* 1) ファラリス書簡
シチリアのアクラガス(現アグリジェント)の君主ファラリス(紀元前7世紀-紀元前554年頃)が書いたとされる書簡集。18世紀になってその真正性が疑われ、現在では偽書であると考えられている。

* 2) シャーロック・ホームズ
19世紀後半に活躍したイギリスの小説家、アーサー・コナン・ドイルの探偵小説シリーズの主人公で架空の探偵。ワトソンはホームズの友人。

* 3) J. アシュトン・クロス(1846-1923)
英国法廷弁護士。元オックスフォード・ユニオン協会司書

* 4) メタフィクション
フィクションについてのフィクション。小説というジャンル自体に言及・批評するような小説。 実際にはあり得ない設定や展開で物語を構築し、現実と虚構の関係性を問いかける小説。たとえば、映画の中で、登場人物が視聴者に向かって話しかけている描写や、登場人物がその作品の説明を行う描写などがメタフィクションにあたる。

* 5) SNS(Social Networking Service)
インターネット上で人と人とのコミュニケーションを促進し、社会的なネットワークの構築を支援する会員制サービスの総称。X (元 Twitter)やFacebook、Instagramなどがある。


【参考資料】
『索引 ~の歴史 ─書物史を変えた大発明─』
       デニス・ダンカン著/小野木明恵訳 光文社 2023
  以下は目次より。
   序文
   第1章 順序について アルファベット順の配列
   第2章 索引の誕生 説教と教育
   第3章 もしそれがなければ、どうなるのだろうか? ページ番号の奇跡
   第4章 地図もしくは領土 試される索引
   第5章 いまいましいトーリー党員に私の『歴史』の索引を作らせるな!
         巻末での小競り合い
   第6章 フィクションに索引をつける ネーミングはいつだって難しかった
   第7章 「すべての知識に通ずる鍵」普遍的な索引
   第8章 ルミドッラとロターリア 検索時代における本の索引
   結び  読書のアーカイヴ

タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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ダイナコムウェア コンサルタント
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コンサルタント
mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
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