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カテゴリー:連載コラム「ぬらくら」
2023/11/15

ぬらくら第151回「20年後の日本」

『絵で見る20年後の日本』というB6判 (128 mm × 182 mm) ほどの大きさの本があります。著者は真鍋博 (* 1)、刊行は1966(昭和41)年、各ページには著者自身が描いた未来予想図も添えられています。1969年に第十刷が出ていますからかなり売れた本と言えるでしょう。

この本が発売された1966年は次に挙げたような年でした。

・日本の総人口は9,903万6,000人
・郵便料金のはがき7円、封書15円
・敬老の日、体育の日が制定される
・ビートルズが来日する
・自動車生産高世界3位になる
・福島県いわき市に常磐ハワイアンセンター開業する
・サニー1000(日産自動車)とカローラ(トヨタ自動車)が発売される
・サッポロ一番(サンヨー食品)と明星チャルメラ(明星食品)が発売される
・ソ連の無人月探査機ルナ9号、初めて月面への軟着陸に成功する

この本が1966年に見通した20年後、1986年が興味深いので本書に掲載されている順にその一部をご紹介します。
以下「 」内は本文からの一部引用です。

◇家族カー
「1987年、午後、東京。人工台地街の間を大河のように流れるマンモスハイウェイを十人近くの子供を乗せた家族カーが、わがもの顔に走る。」
この後の記述で「かつては貧しさの象徴だった子沢山が、この時代には富の象徴になっている」と解説していますが、出生数は1973(昭和48)年の2,091,983人 (* 2) をピークに、以降、年々減少を続け今もその傾向に歯止めがかかっていないのはみなさんご存知の通りです。

◇海底都市
「レジャー空間が拡大した結果すでに人々は海中スクーターで珊瑚礁の海を走りまわって久しいが、一方、新しい石油資源を求めての開発研究所や石油タンクや潜航船の発着所が海底に造られはじめてから海底都市の建設が急に本格化してきた。」
未来を予測する時に必ずと言って良いほど話題になる「海底都市」ですが、1986年はおろか現在もまだ構想の段階です。この本では他に「空間都市」や「地下都市」が取り上げられていますが、どちらも夢のまま、実現を見ないまま時代は進んでしまいました。

◇腕電話
「いま腕時計にセットされたこの小型携帯電話『ベル・マン』はサラリーマンがドアを一歩出たとたん行動のすべてを会社のスクリーンに写しだしはじめる」
NTTによって携帯電話サービスが開始されたのが1987年。その携帯電話機は腕時計からは程遠い大きさで、大きな弁当箱を三つ重ねた位の大きさでした。携帯する時は肩に掛けるように作られていました。通信も電話なので音声だけです。
今ならドアを出たとたんのサラリーマンくんが、スマートフォンのカメラ機能を使って周囲の映像を勤務先のスクリーンに映し出すことができます。

◇ IC 婦人
「集積回路 IC は家庭に小型計算機を持ち込み、テレビを壁面に広げただけではない。洗濯機はただ洗うだけではなく、汚れたところを見つけてつまみ洗いをし、掃除機はゴミの落ちているところだけを求めて部屋中を走りまわる」
壁掛けテレビや掃除用ロボットの出現は2000年代初頭です。これらの IC 機器を自在に操る「IC 婦人」が出現するには後15年ほど待たねばなりません。

◇レンタカー時代
「乗用車の増え方は飽和点に達し、いま車は一家に必ず一台、国民の保有台数は3,000万台である。そして農村と地方都市の一部をのぞいてマイカーの実用的な価値はほとんど失われ、車をもつ意識さえ完全に変わってしまった」
1986年の乗用車の保有台数は27,790,194台 (* 3) 日本の二人以上の総世帯数が30,718世帯 (* 2) 、この予測はほぼ的中しました。

◇電子翻訳・第三次職業
「電話はダイヤルを回すだけで世界即時通話だが、さらに電子翻訳機が完成して外国語の壁は全く問題でなくなった。(中略)こうした個人消費の大型化複雑化で生活のプログラムは、第三次花形職業として登場したプログラマーによって組まれている」
機械翻訳と言われるものが脚光を浴びるのは1990年代に入ってからで、電話で外国語を翻訳するには程遠いものでした。今は音声認識とAI(人工知能)を組み合わせた音声による翻訳機能がスマートフォン上で実現しています。1980年代はコンピュータ関連技術が急速に発展した時期で、プログラマーに対する需要が高まっていました。花形職業と言っても良いでしょう。

◇老人国
「労働時間の短縮、食生活の改善、保健医学の発達で平均寿命は驚くほど伸び、1987年、大人と子供の比率は4対1、日本は完全に『大人の国』に変わった」
1966年の日本の総人口は99,036千人、その内0歳から14歳までの人口が24,521千人なので、この時の大人と子供の比率は約3:1でした。1986年を見ると総人口が121,660千人、0歳から14歳までの人口が25,434千人で、大人と子供の比率は3.78:1、真鍋説に近い比率まで子供の数が減っています。

◇放送教育・ビデオ学習
「科目別教育の成果をあげながら、学校教育では人間形成を最大の目的としている。学習活動の中心は家庭である。子供たちは勉強部屋のワイドテレビに送られてくる教育放送を聴視して、難しい授業箇所はビデオテープにとって自習をしテレビフォンで学校に質問もする」
1986年に文部省(現・文部科学省)が「普通教育におけるコンピュータの教育利用等の在り方について」の中で、コンピュータを利用した教育システムやネットワーク、マルチメディアの活用について提言しています。また、この年は日本電子出版協会 (*4) が設立された年でもあり、ようやく電子書籍に対する社会の関心が高まろうとし始めた年でもあります。真鍋博が見通した20年後のネットワークやマルチメディアを活用した学習は時期尚早だったと言えるでしょう。

如何だったでしょうか、真鍋博がこの本で予測した二十年後は1986(昭和61)年ですが、その年は次のような年でした。

・日本の総人口は1億2,166万人
・郵便料金のはがき30円、封書60円
・男女雇用機会均等法が施行される
・ダイアナ妃が来日する
・国鉄分割、民営化関連八法案が成立する
・伊豆大島三原山が209年ぶりに大噴火を起こす
・葛飾北斎の板木520枚をボストン美術館で発見される
・米のスペースシャトル「チャレンジャー」が打上げ直後に爆発し乗組員七人が亡くなる
・ソ連チェルノブイリ原子力発電所事故が発生する

20年とはいえ未来を言い当てるのは難しいようです。彼がこの本で予測したことが20年後には幾つ達成されたのか興味深いことです。上に挙げた例の他にはどんなことを予測しているのでしょう。以下に全ての項目を挙げてみました。
タイトルからはそこに何が書かれているのか、その内容を推測するのが難しいものも見受けられますが、これらが1966年に真鍋博が予測した20年後の世界です。○印は大分類です。

○その輝ける展望
 家族カー
 巨帯都市
 農業コンビナート
 東京湾都市
 副都心
 空間都市
 地下都市
 海底都市
 睡眠タワー
 チャンネル道路
 気象調査
 会議列車・会議ヘリ
 流通革命
 自動運転高速道路
 都心空港ビル
 海上離陸TOKYO国際空港
 タワーポート

○その夢の生活
 森林団地
 手段住宅
 通勤高速列車
 花束配達
 腕電話
 電子住宅
 電子ペット
 IC夫人
 電子チェア
 テレビ室
 自家用飛行機
 レンタカー時代
 ミルク道
 食糧工場
 伝統料理

○その満たされた社会
 電子翻訳・第三次職業
 スポーツ時代
 女性時代
 安い宝石
 衣料革命
 老人国
 人間改造病院
 大学四年歳生・小学二十歳生
 放送教育・ビデオ学習
 研究学園都市
 農業技術者
 創作農業
 情報革命
 コンピューターセンター
 空洗便所
 ゴミ公団

○その限りない開発
 地熱発電所
 太陽電池・太陽炉
 潮汐力発電
 核融合発電所
 海上工場地帯
 超オートメ時代
 海底油田
 漁業レーダー
 海底農場・海底牧場
 淡水魚工場
 クロレラ
 真水工場
 電熱道路・冷房道路
 アルプス大トンネル
 中部大運河
 瀬戸大橋

○その世界的進展
 ロケット輸出
 工場船
 アジア地域産業
 ニューギニア開発
 ゴビ砂漠開発
 南極気象観測所
 国ぐるみ冷暖房
 日本語の変化
 世界への貢献

類似の本に150点を超える近未来を予測したカラーのイラストレーションが添えられた『牧野昇 (*5) の近未来超イメージ館(徳間書店 1995年)』があります。こちらで描かれている近未来も実現するのは何時のことなのか、科学技術の発展とそれを受け入れる私たちの日常生活のあり方、そして時代によって浮き沈みする経済活動の影響を無視することはできないでしょう。


* 1) 真鍋博(まなべひろし)
1932年 - 2000年。イラストレーター、アニメーター、エッセイスト。洗練された抽象的な画風で知られ、星新一や筒井康隆などのSF小説の挿絵を数多く描いている。未来社会の描写にも独自の視点を持ち、その作品は常に人と自然の共存を願うものだった。

* 2) 政府統計の総合窓口
https://www.e-stat.go.jp/

* 3) 一般財団法人自動車検査登録情報協会
https://www.airia.or.jp/index.html

* 4) 一般社団法人日本電子出版協会 (Japan Electronic Publishing Association/JEPA) 電子出版の立ち上げと発展を目的として、1986年9月、出版社、書店、印刷会社、コンピュータ会社、ソフトウェア会社などが22社が集まって設立された業際団体。その後、電子出版の普及と共に参加社も増え、現在は出版社、ハードウエアメーカー、ソフトウエアハウス、印刷会社、プラットフォーム会社など約110社が加盟している。2010年4月に任意団体から一般社団法人に組織替えが行われている。

* 5) 牧野 昇(まきの のぼる 1921 - 2007)
日本の技術評論家、元三菱総合研究所会長、東京大学工学博士。


【参考資料】
真鍋博『絵で見る20年後の日本』日本生産性本部 1966)
総務省統計局『国勢調査報告』
<https://www.stat.go.jp/index.html>
Wikipedia<https://ja.wikipedia.org/>
タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
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