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カテゴリー:PICK UP 書体
2023/03/20

DynaFont PICK UP書体-金剛黒体 ゾンカ語

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DynaFont PICK UP書体-金剛黒体 ゾンカ語
སྐུ་གཟུགས་བཟང་པོ།
ブータンが製作した「ブータン 山の教室」という映画があります(日本では2021年4月3日公開)。ブータンの僻地にある標高5,000メートルのヒマラヤ山脈に佇む村・ルナナを舞台に、ブータンの首都であるティンプーから来た青年教師・ウゲンと村の子どもたちの交流を描いた映画です。ルナナは清らかでありながら詩的でもあり “天国に最も近い入り口” としても知られている場所で、その雄大な山々や雲、雪、氷河、ヤクがゆったりとしたカメラワークで映し出されるなど、映像美も注目の作品となります。
気になるストーリーは、歌手を夢見る若い教師・ウゲンがある日、ルナナの小学校への赴任を命じられ、山や川を越え、8日間にわたる険しい道のりを経てようやく辿り着くも、村は極寒で電気もなければ黒板も資源もない環境でした。これまでの環境との違いに戸惑いつつ、ウゲンは手作りの黒板を使って、ルナナの子供たちにゾンカ語や数学などの知識を教えながら数ヶ月の教師生活を過ごしていきます。その交流の中、ウゲンは幸福の定義について考え直すようになっていきます。

発展途上国であるブータンは、かつて “世界で一番幸せな国” と呼ばれていました。1970年代初頭、当時のブータン国王は率先して「国民総幸福量」(Gross National Happiness、略称:GNH)を提唱するとともに、それを国民総生産(GDP)よりも重要とし、裕福ではなくともこの国の人々は幸福を感じていました。しかし2018年になると、ブータンの国民総幸福量は世界ランキング97位にまで下落してしまいます。これは、「ブータン 山の教室」の中で提起された「人々は一番幸せな国と言うが、どうして我が国の若者たちは皆、幸福を探しに外へ行くのか?」という深遠な疑問が反映された結果です。

「幸福とは一体何か?」という問いに対する答えは人それぞれかもしれませんが、神秘的な国ブータンは、好奇心を掻き立て、人々が憧れる場所であり続けています。

 
仏教を広めるために生まれた文字
ブータンではチベット仏教を国教とし、国内に多様で複雑な方言が存在しています。その中で公用語として指定されるゾンカ語は、チベット語と同じ文字体系を採用しています。

この文字の起源については7世紀にトゥボの王ソンツェン・ガンポが言語学者のトンミ・サンボタを北インドに派遣してサンスクリット語を学習させ、帰国後にサンスクリット語を参考にして作成したと一般に言われています。ただし別の歴史叙述ではチベット高原のボン教の発祥地である古代シャンシュン王国のシャンシュン語と密接に関連していると指摘されるなど、さらに昔から存在していたと考えられている説もあります。また一部の学者からは、カシミール経由で伝来したという説も提唱されています。
起源についてはさまざまな意見があり、現在でも学界で結論が出ていませんが、この文字が作られ規範化された主な目的は、仏法を翻訳するためです。7世紀には早くも、5,000部近くの仏教の三蔵(経・律・論)がサンスクリット語から翻訳されており、サンスクリット語を転写するための一連の転写体形さえも存在しており、これらから、サンスクリット語およびその文化から大きな影響を受けていることが分かります。

仏教を広めるために生まれた文字ということもあり、例え内容が理解できなくても視覚的に見ているだけで、とても荘厳で神聖な気持ちになります。
 
ゾンカ語による経典
▲ゾンカ語による経典
 
文字の学習から文字の作成に至るまで
ゾンカ語は、表音文字で計30個の子音文字と4つの母音記号から成り立っています。1文字は複数の文字記号で構成され、横向きで最大4列まで表記されます。中でも最も主要な字母を「基字」といい、基字の上下にも縦向きに補助的な文字記号を付加することができます。書き順は左から右への横書きで、音節と音節の間は点で区切られ、文末には縦の記号が加えられます。


ゾンカ語について

また、ゾンカ語には2つの書体があり、1つは草書体に近い「無頭体」で、もう1つは上部に横一線がある「有頭体」となります。刻印、印刷、および一般的なデジタルフォントのほとんどは後者で、「金剛黒体 ゾンカ語」も「有頭体」を採用しています。

華やかなラテン文字やキリル文字に比べ、ゾンカ語はフォントとして、プロの書体デザイナーによって開発されることもまだ少なく、美学や文化的なこだわりを持つフォントもほとんどありません。そこでダイナコムウェアの書体デザイナーによる開発チームは、母語話者の好みや使用習慣に合った一連のフォントをデザインしたいと考え、ブータンから特別にウゲン・テンジン・リンポチェ氏を招聘して、ゾンカ語の書法を教えていただくと同時に、「金剛黒体 ゾンカ語」のデザインコンサルタントを務めていただきました。 その初回の講義の中で、リンポチェ氏は次のように述べています。
「帰依には、帰依仏、帰依法、帰依僧があります。この文字は仏法を翻訳するために発明されたので、今、皆さんが我々の文字を学ぶためにここに集まっていることは、言わば法に帰依して門を開いたことと同じです。福報を積み始めることができ、とても嬉しく思います。」

書体デザイナーたちは週に1度、リンポチェ氏の講義を受け、墨を浸した竹筆を持ち一つ一つ基礎から書き方を学び、縦横すべての運筆から、ゾンカ語が持つ独特の美しさを感じ取っていきました。
こうしてスタートした「金剛黒体 ゾンカ語」の開発は、ゾンカ語の美学を体現できるフォントのデザインを追求する中、リンポチェ氏との言葉の壁もジェスチャーや画像を通してコミュニケーシ
ョンをとるなどして工夫して互いの理解を深め、丸一日かかる会議も何度も行い、数え切れないデザイン修正を行った上で完成に至りました。
 
リンポチェ氏による授業風景。[右下]文字記号のデザインについての話し合いとデザイナーのメモ01
リンポチェ氏による授業風景。[右下]文字記号のデザインについての話し合いとデザイナーのメモ02
リンポチェ氏による授業風景。[右下]文字記号のデザインについての話し合いとデザイナーのメモ03
リンポチェ氏による授業風景。[右下]文字記号のデザインについての話し合いとデザイナーのメモ04
▲リンポチェ氏による授業風景。[右下]文字記号のデザインについての話し合いとデザイナーのメモ
 
ゾンカ語 VS ゴシック体?
ゾンカ語は従来、書法を非常に重視しており、その筆記具である竹筆をゆっくり運筆することで、筆画の太さを変化させます。これはブータン特有の美学でもあります。しかし、ゴシック体は筆画の一貫性を強調した現代的なフォントであり、両書体の特長を残しつつどのように融合させるべきかが、開発チームにとって最も頭を悩ませる課題でした。

この課題を解決するため、開発チームはデザインの初心に戻る必要がありました。金剛黒体は読みやすさを追求したフォントです。そのため、ゾンカ語の書法の個性を少し抑え、滑らかさと余白を強調することで、書籍やデジタル製品における読みやすさが高まり、他言語の文字とも統一感が生まれます。ただし、ゾンカ語独特の美しさを保つためには、角ばりすぎていてもいけません。ゾンカ語と金剛黒体の個性の調和を追求し、妥協なく修正を繰り返すことで完成に至った「金剛黒体 ゾンカ語」は、重心がしっかりと安定しており、金剛黒体が持つ柔らかな曲線と幾何学的な対称性に加え、竹筆のすっきりとしたエレガントな書き味も備える出来栄えとなりました。


文字記号の組み合わせ技術で、入力は自由自在
ゾンカ語は組み合わせによって構成されるため、前述のように基字の上下に文字記号が付加されます。上接字または下接字を通常と同じ大きさで書いた場合、付加文字が多いほど文字が高くなり、横の高さが一定でなくなるため、従来、上下の付加文字の高さを自然と縮小して書いてきました。これは漢字に多くのパーツがある場合、パーツにより漢字が大きくなったり小さくなったりしないように、バランスを考慮して各パーツの大きさを調整することと同じです。もちろんフォントデザインにおいても、組み合わせの際のバランスを考慮する必要があります。

「金剛黒体 ゾンカ語」では、優れた自動変更技術を使用しており、同じ文字にさまざまなサイズとスタイルを設計しています。そのため、異なる位置に配置されると、対応するスタイルに自動変更され、ユーザーが従来の入力習慣に従って文字記号を順番に入力するだけで入力したい単語がしっかりと表示されます。この技術のメリットは、柔軟性が非常に高いことです。例えば、8段または9段に積み重ねられる可能性のある呪言の単語など、極めて特殊な縦向き記号にも、脱字や形が崩れることを心配することなくPCで直接入力して、しっかりと表示することができます。



ゾンカ語の組み合わせの例

ゾンカ語の日常会話表現
ゾンカ語の日常会話表現

金剛黒体 ゾンカ語の特長
「金剛黒体 ゾンカ語」は、金剛黒体のすっきりとしたシンプルさ、剛柔兼備の美学をゾンカ語(チベット語)に取り入れ、ソフトでシャープな曲線を描き、金剛黒体の幾何学的な美しさと筆画の一貫性の中にも、ゾンカ語の手書きの書き味が垣間見えます。さらに、理性と感性のバランスにより、最高の読みやすさがもたらされます。


ゾンカ語の日常会話表現

開発秘話
Q:リンポチェ先生との話し合いや文字の修正過程において、問題や苦労された点はありましたか?
A:リンポチェ先生は普段、手書きで文字をデザインしていて、ゴシック体に関しては専門分野ではありませんでした。「金剛黒体 ゾンカ語」の開発では、お互いフォントに対して異なる美学を持っていたため、ゴシック体の特徴や金剛黒体のコンセプトなどについて納得してもらわなければなりませんでした。リンポチェ先生自身も疑問に思った点を資料で調べたり、友人に質問したり、積極的に研究してくれました。リンポチェ先生と絶えずコミュニケーションを取り合う中で、徐々にコンセンサスを得て、最終的にリンポチェ先生も納得のデザインが完成して「金剛黒体 ゾンカ語」をリリースできました。

Q:開発過程における最大の困難について教えていただけますか?
A:最大の困難は新型コロナウイルスの感染拡大だったと思います。開発期間の中で新型コロナウイルスの感染拡大によってリンポチェ先生と連絡を取ることができない期間やビデオ通話によって文字を見ることもできない期間が長期に渡り、この期間は本当に焦りました。

Q:「金剛黒体 ゾンカ語」のリリースで期待することはありますか?
A:リンポチェ先生に認められたいという一心で「金剛黒体 ゾンカ語」を完成させました。完成した「金剛黒体 ゾンカ語」を多くの方に使っていただけると嬉しいですし、ご協力いただいたリンポチェ先生にも喜んでいただけると思います 。

Q:リンポチェ先生は「金剛黒体 ゾンカ語」に対してどのように評価していますか?
A:ご自身が文字のデザイナーであるリンポチェ先生は、フォントの美しさを大変重視しており、文字に対する要求もとても高い方です。そんなリンポチェ先生が「金剛黒体 ゾンカ語」を見て、「想像していたより良い。とても美しい」とおっしゃってくれたことは私たちにとって大変励みになっています。何故なら、開発当初、ゴシック体のデザインを受け入れられなかったリンポチェ先生ですが、共同制作する過程で徐々に肯定的になり、最終的には美しいと評価してくださるまでになったからです。この評価により、「金剛黒体 ゾンカ語」の当初の目標が達成されたと言えます。

Q:その他で何か裏話などはありますか?
A:とある廟からもらった、チベット語が刻印された御守りの腕輪を祖母が身に着けているのを見かけたことがあり、私はとても興奮しながらそれを先生に見せたのですが、リンポチェ先生は一目見るや、眉をしかめて「これには効果がない!」とおっしゃりました。それから一週間して、先生は自ら新しい御守りを作って私にプレゼントしてくれました。言葉の壁がある中で、簡単な中国語と翻訳アプリを使った交流の中で、たくさんの思い出が生まれました。

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