ダイナフォントストーリー

カテゴリー:連載コラム「ぬらくら」
2022/11/16

ぬらくら第139回「Osaka と Kyoto」

積み上げた古い雑誌の間から表紙が黄ばんだ「Lisa 2 取扱説明書」が出てきました。
奥付を見たら1984(昭和59)年10月20日、キヤノン販売(現・キヤノンマーケティングジャパン)発行です。

Lisa 2は1984年1月にアップル社が発売したパーソナルコンピュータです。商業的には失敗作だったと言われている Lisa の後継機です。
1983(昭和58)年1月に発売された Lisaは初めてGUI (* 1) を搭載したパーソナルコンピューターで、その後のMacintoshの先駆けとなる母親的な存在でした。

1983年10月にキヤノン販売は米アップルコンピュータ社の日本法人アップルコンピュータジャパンとの間で全国販売代理店契約を結びます。
当時、港区三田にあったキヤノン販売本社に呼ばれLisa 2を見せられた時は、仕事で使っていたコマンドラインベースのパソコン (* 2) とはあまりにも違うその世界観と操作感に言葉もなく、ただただ驚くばかりでした。ディスプレイに写っているモノを直接マウスで動かせるのです。近未来に触れた実感がありました。
そこで依頼されたのがLisa 2導入時に必要な取扱説明書の日本語版の制作で、出来上がったのが冒頭の「Lisa 2 取扱説明書」です。

第18回スーパーボウルで放映されたあの有名なリドリー・スコットのテレビコマーシャル「1984 (* 3)」と共に、初代のMacintoshが姿を現したのはLisa 2が発売された同じ1984年1月です。
このMacintoshは搭載されているメモリ (RAM * 4) の容量が128KBだったことからMacintosh 128Kと呼ばれますが、OSは日本語に対応していませんでした。

128KBというメモリー容量がどの位の容量なのか、ピンとこないのではありませんか?
現在のノートパソコンに搭載される一般的なメモリー容量は16GB位でしょう。これをKBに換算すると16,777,216KBになります。
つまり128KBは16GBの約13万分の1という容量です。このメモリー容量でパソコンが動いたなんて、今では考えられないことです。

話を本筋に戻します。

1984年9月には搭載メモリを512KBにしたMacintosh 512Kが発売になります。そして、その2年後の1986(昭和61)年1月にMacintosh Plusが発売されます。
Macintosh PlusはSCSI (* 5) ポートを備えた最初のMacintoshで、このポートのお陰で外付けのハードディスクドライブやCD-ROMドライブなどを利用できるようになりました。
ディスプレイはそれまでと同様、9インチ、72dpi、512×342ピクセルのモノクロでした。

同じ1986年に日本語OSの漢字Talk 1.0 (* 6) も発表になり、Macintosh Plusでようやく日本語を扱うことができるようになります (* 7)。

東京・赤坂のツインタワービル本館の15階だったか16階だったか、そこにあったアップルコンピュータジャパンのオフィスでジェームズ比嘉 (* 8) さんに会ったのはこの頃でした。
そこで、比嘉さんからグラフィックデザイナーなら文字のことは分かるだろうという無理スジの理由で、ANK (* 9) フォントの制作を依頼されます。この頃のパソコンのフォントはビットマップフォント (* 10) でした。

ぬらくら子がフォントに関わるのはこれが初めてで、それまでポスターや雑誌のタイトルに使うための大きな文字は手書きしていましたが、フォント作りについては何も知らないド素人でした。

それからの数ヶ月間は赤坂ツインタワービルのアップル社に用意された机とMacintoshでビットマップフォント作りです。

使ったアプリケーションは<Macintoshの上から三角帽子を被ったピエロが首を伸ばしている>アイコンのResEdit (* 11) でした。

何も知らずに放り込まれた世界での初日、広いオフィスの中をフサフサの長い茶色の毛をした大きな犬が歩いていたり、デスクの横から大きな風船が天井に向けて浮かんでいたりと、そこは異次元でした。

依頼されたフォントはOsaka(ゴシック体)とKyoto(明朝体)の2書体。サイズはそれぞれ9ポイント、10ポイント、12ポイント、14ポイント、18ポイント、24ポイントの6サイズです。
作る文字はカナとアルファベットの大文字・小文字、数字です。

“The quick brown fox jumps over the lazy dog” もこの頃に覚えたパングラムです。パングラムとは、ラテン文字のアルファベット26字をすべて用い、かつ重複をなるべく少なくした短文のことで、日本語の「いろはにほへと……」のようなものです。

1ポイントはMacintoshのモニターの1ドットです。サイズごとに定められた方眼の一点一点を、モニター上のドットを睨みながら黒くしたり白くしたりして文字の形を作っていいきます。
直線はすぐにできるのですが斜線や曲線の部分は難航します。
そこを黒くすべきか白くすべきか、まさにそこが問題で、これで良しと決めて打った黒が、翌日にはオカシク見えてしまい、そのドットを白くしたり黒くしたりと正解がありません。

作業用にあてがわれたMacintoshに入っていたAthens、Chicago、Geneva、London、Monaco、New York、Veniceと言った欧文フォントは、比嘉さんから依頼された仕事の参考になりました。
ドットの打ち方に行き詰まると、これらのフォントの各サイズを ResEditで開いて、ドットがどのように打ってあるのかを調べては方眼紙に映し取っていました。

12ポイントのカナの場合、サイズは天地を12ドットで作ります。
アルファベットの場合は、天地12ドットの中でベースラインを下から3ドット目と4ドット目の間に置きます。
大文字はベースラインから上の9ドットを、aやcなどの小文字はベースラインから上の6ドットを、hやdなどのアセンダー(上に飛び出ている部分)は3ドット、小文字のyやpなどのディセンダー(下に飛び出ている部分)は3ドットです。アンダーラインにはベースライン下の1ドットで対応します。

一番困ったのが、一行の中にアルファベットとカナを並べて、アンダーラインを引くことでした。
上で述べたようにアルファベットに併せてアンダーラインを引くとカナに重なってしまいます。
カナに合わせたアンダーラインではアルファベットのアンダーラインになりません。

どこにアンダーラインを引けば良いのか、当時はガイドラインがありませんでした。
もちろん欧文、和文それぞれにはアンダーラインを引く位置は定義されていましたが、和欧を混植した時にどの位置にアンダーラインを引くべきかは未知でした。

結局、アンダーラインの位置については依頼を受けている文字の形を作る仕事の範疇を越えているということで、この難題から解放されましたが、問題の解決をみることはできませんでした。
今でも、アプリケーションと日本語と欧文フォントの組み合わせによって、アンダーラインの位置が変わるようです。みなさんもご自分のパソコンで試してみると良いでしょう。

赤坂での初日のことです。
一日の作業を終えて『ヤレヤレ終わった』と作業用に用意されていたMacintosh 128Kの電源を切りました。
9インチの白黒モニターの世界はスマートで賢くてユーザーに優しい世界なのに、本体の左裏側にある電源スイッチはどこにでもあるシーソーのような形をした味気ないスイッチ(ロッカースイッチ)です。
電源を切って腰を上げた途端に、近くにいたアップルの社員から「データは保存したのか?』聞かれました。

Macintoshの背面についている電源スイッチは物理的なスイッチで「パチッ!」とやれば電源は直ぐに切れます。
作成したデータを保存するためには、システムが入ったフロッピーディスクとデータを保存するためのフローピーディスクを、モニターの指示に従ってフロッピードライブに交互に何度も出したり入れたりするのでした。
これで初日の作業結果はResEdit上での保存方法を聞いていなかったためにパァ。翌日は前日の作業を思い出しながらの作業で、これが精神的にきつかったのを今でも覚えています。

1988(昭和63)年に登場したMacintosh SEと同じ時期に漢字Talk 2.0が発表されます。

後になって分かったことですが、これらのフォントは漢字Talk 2.0に付属するフォントでした。
作業をしたMacintoshにはSapporoというゴシック体がシステムフォント (* 12) として入っていました。
漢字Talk 1.0 に付属していたシステムフォントのSapporoが Osakaに変更されたのは漢字Talk 2.0からです。

赤坂での作業に慣れてきたころ、それまでの作業内容をプリントアウトして確認します。プリンターはモノクロのドットインパクトプリンタ (* 13) のImageWriter (* 14) でした。
このプリンターの解像度は144dpi、Macintoshのディスプレイ解像度のちょうど二倍で、ディスプレイ上のイメージを一対一のサイズでそのままプリントアウトしてくれました。
用紙はアメリカンレターサイズのファンフォールド紙です。Macintoshとこのプリンターの組み合わせで実現したのがWYSIWYG (* 15) で、DTP (Desk Top Publishing) を現実のモノにしてくれたプリンターでもあります。

脇道に逸れてしまいますが、このImageWriterのインクリボンカートリッジを光学センサーのついたインクカートリッジ型のスキャナーヘッドに交換すると、ImageWriterがスキャナーとして利用できるThunderScan (* 16) というサードーパーティー製のスグレモノがありました。
現在のインクジェットプリンターにスキャナー機能がついていることを思うと、ImageWriteとThunderScanの組み合わせはその原型だったと言えるかもしれません。

Osakaは漢字Talk 2.0からOS 9までシステムフォントとしてMacintoshのGUIを支えます。
パソコンの物理的な環境とOSの進化に伴い、フォントのフォーマットもより綺麗で豊かな表示を目指した変化に呼応して、ビットマップフォントとしてスタートしたOsakaも、漢字Talk 7.1からはTrueTypeフォントになり、さらにOpenTypeフォントになって今日に至っています。

Kyotoはビットマップフォントのまま漢字Talk 6.0.7まで標準搭載されていましたが、OSが漢字Talk 7になった時点で廃止されます。

2001年にリリースされたOS 9の後継となるMac OS Xから、システムフォントはOsakaからヒラギノに代わりました。
システムフォントの役割はヒラギノに譲ったOsakaですが、今もOSの標準搭載フォントとして残っています。

* 1) GUI
Graphical User Interfaceの略。パソコンのモニターに映し出されているオブジェ(グラフィック)をマウスやタッチパッドで直接操作する画面ユーザーインターフェースのこと。
現在のWindows PCやMacintoshのユーザーインターフェース。

* 2) コマンドラインベースのパソコン
コマンドラインベースを正しくはCUI (Character User Interface) という。
キーボードからキャラクターベース(主にアルファベット)の命令(コマンド)を入力して操作する画面ユーザーインターフェースのパソコン。
Windows PCならシステムツールの「コマンドプロンプト (cmd.exe)」、Macintoshならユーティリティソフトの「ターミナル」を起動したときの画面がCUI。

* 3) 1984
1984年1月22日に開催された第18回スーパーボウルのテレビコマーシャルとして放映された、リドリー・スコット監督によるMacintosh 128KのテレビCM。
商品を見せず具体的に説明しないことで、広告史に名を残すコマーシャルの傑作とされている。
第18回スーパーボウルでは、9,000万人の視聴者に向けて全米で一度だけテレビCMとして放送された。ジョージ・オーウェルのSF小説『1984』が元になっている。
https://www.youtube.com/watch?v=VtvjbmoDx-I

* 4) RAM(ラム)
Random Access Memoryの略。パソコンがハードディスクドライブなどの外部記憶装置から読み出したプログラムやデータ、処理結果などを一時的に記憶させておくメモリ。
読み出し、書き込みができるが、電源を切るとRAM上のデータは消失する。

* 5) SCSI (Small Computer System Interface)
コンピュータ本体に外部記憶装置などの周辺機器を繋いで利用するための接続方式の標準規格の一つ。

* 6) 漢字Talk(かんじトーク)
1996(平成8)年まで採用されていたMacintoshのOS。

* 7) 日本語を扱える
漢字Talk 1.0が発表になる以前の1985(昭和60)年に、すでに日本語を扱う環境を構築するソフトウエアが存在していた。
エーアンドエー (A&A) 社の「Mac日本語OS」というソフトウエアがそれでMacintosh 128KB用に発売されていた。「Mac日本語OS」はその後JAM、SweetJAMへと発展してゆく。

* 8) ジェームス比嘉(James Higa)
1983(昭和58)年に設立されたアップルコンピュータジャパンのプロダクトマーケティング、国際マーケティング担当ディレクター。
その後、スティーブ・ジョブスの指示で Macintoshの日本語化を担当し、ケン・クルグラー (Ken Krugler)、マーク・デイビス (Mark Davis) と共に漢字Talkを開発する。

* 9) ANK
8ビット(1バイト)で表現できる文字集合。半角英字、半角数字、記号および半角カナで構成されている。

* 10) ビットマップフォント
文字の形を点(ドット)で表したもの。サイズごとに決められた数の格子の一点一点を塗りつぶして文字の形を表現する。

* 11) ResEdit
MacintoshのClassic Mac OS上のファイルは実際のデータを表すデータフォーク (Data Fork) とアイコンやウィンドウの形状、メニューの内容などを定義しているリソースフォーク (Resource Fork) で構成されていた。ResEditはこのリソースフォークを作成・編集するためのユーティリティソフトウエア。

* 12) システムフォント
コンピューターのOSで使用されるフォント。メニューバーやファイル名、ダイアログボックスなどの文字部分を表示するときに使われる。

* 13) ドットインパクトプリンタ
縦横に並べた金属製のピンを、パソコン上の文字や図形を構成するドット(点)に対応させて、ピンと紙の間に配置したインクリボンに打ち付けて印刷する仕組みのプリンタ。

* 14) ImageWriter
1983(昭和58)年にアップルコンピュータが発表したドットインパクトプリンタ。
MacintoshとImageWriterの組み合わせはGUIの概念を広め、後に DTPを普及させる上で重要なコンセプトとなったWYSIWYG出力を実現したプリンター。

* 15) WYSIWYG
コンピュータのユーザインタフェースに関する用語で、ディスプレイの表示と印刷結果が一致するように表現する技術。
What You See Is What You Get(見たままが得られる)の頭文字をとったもの。“is” を外して WYSWYG(ウィズウィグ)と呼ばれることもある。

* 16) ThunderScan
1984年にサンダーウェア (Thunderware) 社が発売した解像度144dpiのグレースケール・イメージキャナ。
ImageWriterのインクリボンカートリッジの代わりにイメージを読み取るイメージセンサーを取り付けたリボンカートリッジを利用した。

タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
ぬらくらは、ダイナフォント News Letter(ダイナコムウェア メールマガジン)にて連載中です。
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ダイナコムウェア コンサルタント
ダイナコムウェア株式会社
コンサルタント
mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
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