ぬらくら第136回「アナログレコード盤の再生」
レコード盤を再生するのがアナログ・レコードプレーヤー(レコードプレーヤー)です。
レコードプレーヤーはレコード針、トーンアーム、ターンテーブル、モーター、筐体(キャビネット)などで構成されています。
レコード盤を再生するということは、音をレコード盤に記録する工程を逆に辿ることです。レコード盤の溝にレコード針を載せてレコードプレーヤーを回すと、針は溝に刻まれた微細な凹凸をなぞって細かく振動します。
ダイヤモンドやサファイア製の、長さが1mmほどの針先(スタイラスチップ)がカンチレバーという細いテコの先に取り付けられています。
カンチレバーのもう一端はコイルの中を動く磁石につながっています。針先が溝の凹凸をなぞることで生じる振動がカンチレバーを介してコイル内に電流を発生させます。
磁石とコイルで電気が起こる現象は中学校の理科で学習した電磁誘導です。この時の電流を誘導電流といいます。
カンチレバーの先が磁石ではなくコイルにつながっている形式もありますが、誘導電流が発生する原理は同じです。
磁石が動く方式をMM(Moving Magnet)型、コイルが動く方式をMC(Moving Coil)型といいます。
針、カンチレバー、磁石、コイルを収めたキャラメル程の小さな筐体がカートリッジです。その内部はもう少し複雑な構造をしています。
MM型はMC型よりもシンプルな構造で、針を自分で簡単に交換することができます。コイルからの出力電圧もMC型に比べて高いのが特徴です。
MC型は精密に巻いたコイルを配置するために構造は複雑になり、高い製造精度が求められます。磁石よりも軽いコイルを動かす構造なので、針、カンチレバー、コイルを含めた振動系がMM型よりも軽く、レコード盤の音溝への追随性もよく、再生される周波数(音域)の範囲も広くなります。
MC型はコイルからの出力(誘導電流)がMM型の十分の一ほどと低いために、MM型には不要な出力の増幅装置が必要になります。そしてその構造のためにMM型のように針の交換を自分で行うことができず、メーカーに交換してもらわなければならなりません。これらはMC型のマイナス面と言えるかもしれません。
このカートリッジはヘッドシェルに取り付けられます。カートリッジからは4つの端子が出ています。それぞれは右チャンネルのプラス極とマイナス極、左チャンネルのプラス極とマイナス極の端子です。これをヘッドシェルの端子から出ているそれぞれに対応する端子にリード線で接続します。
この接続を間違えると音が出なかったり、違和感のある(逆位相の)音になってしまいます。
カートリッジをヘッドシェルに取り付ける必要のないカートリッジ・ヘッドシェル一体型のカートリッジもあり、トーンアームに取り付けるだけで使用することができます。ヘッドシェルには種類が多く、高剛性で共振のないことが求められます。一般的には重量の軽いシェルは華やかな音、重いヘッドシェルは芯のあるドッシリした音になると言われています。
カートリッジを取り付けたヘッドシェルはトーンアームに取り付けてレコード盤の溝をトレースします。トーンアームの中には細い線が通っていて一方はカートリッジに、他の一方は筐体の端子につながり、カートリッジからの出力をアンプ(アンプリファイア/増幅機)に送ります。トーンアームにはその動作方式の違いによってスイングアーム式とリニアトラッキング式があります。
スイングアーム式はトーンアームが支点を軸として円弧を描くようにレコード盤の外周から内周へ向かって動きます。針先と音溝の角度はトーンアームの動きに応じて変化するので、針先の音溝に対する理想的な角度である直角を維持することができません。
これをトラッキングエラーと呼び、再生信号に歪を生じさせる原因になります。
トラッキングエラーを軽減するために、トーンアームの先端を少しだけJの字形に曲げたトーンアーム(J字型トーンアーム)やトーンアーム全体をSの字形にしたトーンアーム(S字型トーンアーム)が生まれました。
トラッキングエラーを軽減するもう一つの方法にオーバーハング調整があります。これはレコードプレーヤーに付属しているオーバーハング調整ゲージなどを利用してヘッドシェルに対するカートリッジの取り付け角度を調整してトラッキングエラーを軽減する方法です。
さらに、ショートアームと呼ばれる通常のトーンアームよりも全長を長くして、針先の位置をトーンアームの支点からターンテーブルの中心よりも遠くすることで、トラッキングエラーを軽減するロングアームもあります。
カートリッジの針が音溝をトレースするには一定の圧力が必要です。この圧力を針圧といいますが、カートリッジ毎に1グラムから3グラムとメーカーが推奨するそれぞれ固有の針圧があります。針圧をかける方式にはスタティック式とダイナミック式があります。
スタティック式はトーンアームにカートリッジを取り付けた状態でトーンアームの水平バランスをとり、その上でトーンアームについているバランスウエイトを調整して針圧をかけます。
ダイナミック式は水平バランスを取るまではスタティック式と同じですが、バネなどの能動的な圧力を利用して針圧をかけます。
針圧の調整ができたら、針をレコード盤上に置いた時にトーンアームがレコード盤に対して平行であるかどうかトーンアームの高さを確認します。
トーンアームはアームベース部分にネジで固定されているので、高さの調整はこのネジを緩めて行います。
スイングアーム式のトーンアームには他にも必要な調整があります。回転するレコード盤の音溝をトレースする針には回転の中心に向かって引き寄せられる力(インサイドフォース)が働いています。この力を打ち消す機構がインサイドフォースキャンセラー(アンチスケーティングともいう)です。錘や磁石などを利用してトーンアームにレコード盤の外側に向かう力を与えます。
インサイドフォースは針に加える圧力に比例して変化するために、針圧に合わせた調整が必要です。
一部のトーンアーム、たとえばヤジロベエのように一点でトーンアーム全体を支える方式やハイエンドモデルでは、トーンアームの軸方向に対する傾きを調整する必要があります。これをラテラルバランスを取るといいますが、トーンアームに設けられたらテラスバランス機構で左右方向のバランスを調整します。
リニアトラッキングアームは前回の記事で触れたカッティングマシーンのカッターが音溝を刻む時の動作と同じように、レコード盤の外周から中心に向けて一直線(リニア)に移動しながら音溝をトレースする理想の方式です。
トラッキングエラー対策やインサイドフォースキャンセラーの必要はありませんが、構造が複雑で高い剛性と精度が要求されるために、製造が難しく高コストになるために一般に広く普及している方式とは言えません。
トーンアームにはインテグレーテッド型とユニバーサル型の違いもあります。
インテグレーテッド型はトーンアームとヘッドシェルが一体になっているもの、ユニバーサル型はヘッドシェルが取り外し可能なものです。
インテグレーテッド型はユニバーサル型に比べて嵌合部や電気接点が少ないのでカートリッジの緩みや接点不良などの不具合はありません。
ユニバーサル型は複数のカートリッジを用意すればカートリッジ毎の音の違いを楽しむことができます。
レコード盤を載せて回転させるのがターンテーブル(プラッターともいいます)で非磁性体の重い素材でできています。
回転ムラの発生を防ぐために偏心はもとより中心に対する重量バランスも均一であることが求められます。
ターンテーブルに載っているターンテーブルシートを変えるだけで音が変わると言うマニアもいるようです。
ターンテーブルは常に一定の回転数(LPなら1分間に33回と3分の1回)で回転しなければなりません。
回転数が狂ったり不安定だったりすると、再生される音楽の音程が不安定になったり狂ったり音が揺れたりします。
ターンテーブルを回転させるモーターはムラなく一定の速度で回転すること、回転に伴う振動がないこと、静かに回ることが求められます。
モーターの駆動でターンテーブルを一定の速度で、安定して、静かに回転させるために考え出されたのが、ベルトドライブ方式、糸ドライブ方式、リムドライブ方式、ダイレクトドライブ方式で、それぞれ一長一短があります。
ベルトドライブ方式はモーターの回転をゴム製のベルトでターンテーブルに伝える方法です。モーターの回転軸とターンテーブルのプーリーにゴム製のベルトをかけてターンテーブルを回転させます。
音の再生に不要な振動をゴム製のベルトが吸収してくれる利点がある反面、ベルトの経年劣化によって伸びたり切れたりするというマイナス面もあります。
糸ドライブ方式はベルトドライブから派生した方式で、ゴムベルトの代わりにアラミッド糸や一部の釣り糸のような伸びのほとんどない糸を使用します。
モーター軸とターンテーブルの外周の間に糸をかけてターンテーブルを回転させます。
わずかなベルトの伸びも嫌う高級機に採用された方式ですが、糸の結び目が極々小さなノイズの原因になるという指摘もあります。
リムドライブ方式はアイドラドライブとも呼ばれるように、モーターの回転を硬いゴムのアイドラでターンテーブルに伝える方式です。
モーターの回転力を無駄なくターンテーブルに伝えることができる反面、モーターが発生させる振動もターンテーブルに伝わりやすいと言う難点もあります。
ダイレクトドライブ方式はモーターの回転軸がターンテーブルを直接回転させる方式です。他の方式のように高速で回転するモーターが原因で発生する振動や、モーターの回転をターンテーブルに伝える機構が原因となる回転むらや経年劣化がありません。
しかし、モーター自体が超低速で大きな回転力を発生させ、滑らかに回転しなければならないため、回転速度を制御する回路や回転力の強い特殊なモーターが必要になります。
トーンアーム、ターンテーブル、モーターなどをレコードプレーヤーとして使えるようにまとめて収めるのが筐体です。
筐体はレコードプレーヤーの商品としての印象を決めるデザイン的な要素はもちろん、それぞれの部品を組み込んだ時に筐体自体の共振はもとより外部からの振動の影響を受けない構造が要求されます。 その代表的なものに筐体全体の剛性を高めた重量型、モーターやターンテーブル、トーンアームなどを筐体から浮かせた構造のフローティング型などがあります。
カートリッジの針先がレコード盤の音溝をトレースして得た振動は微弱な誘導電流に変換されます。
この電流はトーンアーム内の細いケーブルを通って、筐体に取り付けられた接続端子を介してアンプのPhono端子に送られます。
Phono端子の先は前回の記事でお話ししたフォノイコライザーに繋がり、そこで信号特性が復元され、その後の信号増幅回路でより大きな電流になってスピーカーを駆動します。
カートリッジやヘッドシェルを変えたり、トーンアームだけ付け替えたり、いっそレコードプレーヤーをそっくり買い替えたり、それもこれも良い音の追求ではなく、自分の好きな音を求めての泥沼への道です。こんな道には近寄らない方が良いのかもしれません。
タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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コンサルタント
mk88氏
PROFILE●1942年東京都生まれ。1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
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