ダイナフォントストーリー

カテゴリー:連載コラム「ぬらくら」
2022/07/13

ぬらくら第135回「LP 一本の溝」

レコードアルバムが解体されて一曲ごとのダウンロード販売や配信(ストリーミング)で音楽が楽しめるこの時代に、かつてのレコード盤(アナログレコード盤)で音楽を楽しむ人が少しずつ増えていると聞きます。

音楽をデジタルで手軽に楽しめる時代ですが、その手軽さに物足りなさを感じている人が増えていると言うことでしょうか?

アメリカで2020年上半期にアナログレコードの売り上げが2億3210万ドル(約246億円)に達し、1億2990万ドル(約137億円)だった同じ時期のCDの売り上げを上回ったというニュースが話題になりましたが、これは1980年代以降で初めてのことだそうです (* 1)。

ソニー・ミュージックエンタテインメントの2020年のアナログレコードの生産額が2010年との比較で12倍の21億1700万円に上り、国内での生産力が限られている中で需要が増大しているため、生産が追いつかないという報告もあるようです (* 2)。

そのレコード盤がアナログレコードと言われる所以は、音をレコード盤の盤面に文字通りアナログな連続した振動を溝として記録しているからですが、さて、どのようになっているのでしょうか。

音は空気の振動で、レコード盤にはその振動が微細な凹凸として細い一本の溝として彫り込まれている、これは皆さんがご存じのとおりです。

ステレオ録音のレコード盤には、左(Lチャンネル)と右(Rチャンネル)のスピーカー用にこの溝が二本ある?
実際にはそんなことはなく、モノラル録音もステレオ録音も溝は一本、実物をご覧になっている通りです。

もっとも、1950年代の初め頃には左チャンネルと右チャンネルを別々の溝で、二本刻んだレコード盤があったようですが、扱い難く音質も不十分だったためにすぐに廃れてしまったそうです。

一本の溝にどうやって左右別々の音を記録しているのか?

溝は盤面に垂直に90度のV字型に刻まれています。その溝のレコード盤の内周側の壁に45度の角度で左チャンネルの音が、外周側の壁に45度の角度で右チャンネルの音が刻まれています。
左右で溝の形状が違うため、レコードの針は上下左右に振動してステレオ音を再現します。モノラル録音は左右(横方向)の振動のみで記録されています。

レコード盤は音声信号を彫り込んだ原盤を元にしてプレスで作られます。その原盤を作るのがカッティングマシーンです。

カッティングマシーンはアルミニュームの原盤(ラッカーをコーティングした円盤)に音声信号を彫る装置で、原盤に直接音声信号を彫るカッターがついています。
このカッターは音声信号(電気信号)を振動に変換して原盤に溝を刻みます。

原盤からレコード盤が作られるまでには、以下の工程があります。

1) カッティングマシンで音源を原盤に刻み込んで「ラッカー盤」を作成します(溝は凹型)。

2)「ラッカー盤」は耐久性に乏しいので、その表面に銀メッキを施した上で厚くニッケルメッキを施します。これを剥離した盤を「メタルマスター」といい、これが保存用のマスター盤になります(溝は凸型)。

3) 「メタルマスター」に厚い銅メッキを施して剥離した盤が「マザーディスク」で、これが生産用の盤になります(溝は凹型)。

4) 「マザーディスク」にニッケルやクロムなどを厚くメッキし、これを剥離してプレス・量産用の「スタンパー」を作ります(溝は凸型)。

「スタンパー」を用いて塩化ビニールを主にした素材にプレスしたものがレコード盤です。スタンパーは消耗品で、溝が劣化してきたら「マザーディスク」から新しいスタンパーを作成します。

カッティングマシーンのカッターは入力される音声信号に応じて振動して、原盤に溝を刻むのですが、音声信号をそのまま振動に変換して溝を彫り込むと、低音域では振幅が大きくなってしまい、カッティングヘッドの振幅限界を超えてしまう上に、隣接する溝に接してしまいます。
また垂直方向の振幅も大きくなるため溝自体も太くなり、記録できる時間が短くなってしまいます。

その対策として音声信号を彫り込む時に低音域のレベルを下げ、同時に隣接する溝に接するのを防ぐためにカッターの送り幅を大きくして溝と溝の間が広くなるようにしています。

一方、高音域は溝の幅が狭く浅くなり、レコード針が盤面を擦る時に生じるサーフェスノイズに音の信号が埋もれてしまいます。
そのため音声信号を彫り込む時に高音域のレベルを上げています。

低音域のレベルを下げ、高音域のレベルを上げるときの周波数(Hz)と出力(dB)の関係を表したカーブを「イコライザーカーブ」といいます。

イコライザーカーブはLP (Long Play) レコード以前のSP (Standard Play) レードの時代から用いられていました。
当時のレコード会社はそれぞれ独自のイコライザーカーブを採用していましたが、1954年にアメリカのRIAA(Recording Industry Association of America =アメリカレコード協会)がその規格化を進め、1953年にRCA(Radio Corporation of America)社が開発したイコライザーカーブを採用し、これをRIAAカーブと呼びました。

RIAAカーブには原盤作成用とレコード盤再生用があり、原盤作成用のカーブを特にインバースRIAA(Inverse RIAA/逆RIAA)と呼んでいます。

レコード盤再生用のカーブはインバースRIAAカーブとは逆のカーブをしていて、これをフォノイコライザーと呼んでいます。

レコード盤から得た音声信号をフォノイコライザーを通すことによって、レコード盤上では弱かった低音域も元の大きさに戻り、強かった高音域は弱められて再生されます。
高音域を下げるので同時にサーフェスノイズも低減されます。

フォノイコライザーはプリアンプのPhono入力側に組み込まれています。近年のレコードプレーヤーにはフォノイコライザーを組み込んだものもあるようです。

一枚の円盤に彫り込まれた一本の溝、アナログレコード盤の溝は様々な工夫が凝らされて音が刻まれています。

* 1) CNN News
https://www.cnn.co.jp/business/35159541.html

* 2) NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211104/k10013334741000.html

タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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ダイナコムウェア コンサルタント
ダイナコムウェア株式会社
コンサルタント
mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
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