ダイナフォントストーリー

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2022/08/16

ダイナフォント2021年新書体「金花体」

末永くお幸せに

末永くお幸せに

祝福する気持ちから始まる物語
今回の物語は海外製のカードから始まります。
「金花体」のデザイナーであるOliveは、幼少の頃からカードやしおりを収集することが大好きで、大人になってからも台湾の大型書店チェーンである「誠品書店」に通ってはグリーティングカードを眺めていたそうです。
中でもイギリスの老舗のグリーティングカードは、手書き風の背景に美しいカリグラフィーでメッセージが書かれており、いつもOliveを魅了しました。
Oliveがカード好きになった理由にはOliveの母が関係しています。
プレゼントよりもカードが好きなOliveの母は、記念日にカードを贈るのが恒例行事でした。
フォーマルで詩情的、そして祝福する気持ちが込められているカリグラフィーは見ているだけで幸せな気分に浸ることができます。
しかし英文が読めないOliveの母はその文字に込められた意味まで理解できないことをとても残念にも思っていました。
そんな母を見てOliveは、もしも美しいカリグラフィーを漢字で表現できてグリーティングカードに使える言葉にも「メリークリスマス」や「お誕生日おめでとう」といった定型文以外を増やすことができたらどれだけ素晴らしいだろうか、そして母のように英文が読めない人にもお祝いの気持ちをより伝えることができるのないか、と考え始めたのでした。
同時に自分がデザインした書体で、母にグリーティングカードを送りたいという想いも浮かび上がり、こうして金花体は芽吹き始めたのでした。


金花体の着想:グリーティングカード
 
東西文化のDNAを掛け合わせる、アイディアを形にする方法
手初めにカリグラフィーの線とエレメントを漢字にそのまま取り入れようとしたのですが、成功したのはごく一部だけでした。
そもそも漢字は正方形の構造で設計され、縦横に画線が真っすぐなのでラテン語のアルファベットとは構造が全く異なりますが、文字に込められた想いまで伝えるためには、単に画線のスタイルといった表面的な部分以外にも歴史や文化に立ち返って、文字の遺伝子における可能性を探る必要があることにも気付かされました。
そこで、Oliveは自身が20年前にデザインした「金文体」の着想のきっかけである、現在の河北省の中山国の陵墓から出土した戦国時代の青銅器の名器「中山王方壺」を見つめ直すことから始めることにしました。
すると壺にある448文字の美しい銘文の中で「夕」という文字がカリグラフィーで書いた「T」に似ていることなど、以前は気付けなかった、エレガントな要素に気付くことができたのでした。

青銅器の金文と西洋のカリグラフィーの発展を調べていく中で、どちらも厳粛な場面や儀式などで使用されていたことが判明しました。
金文は中国では古代に青銅器に刻まれた文字の総称で、一般的に王侯貴族の祭祀、勅命、契約などを記録するために使用されていた書体です。
カリグラフィーは長い歴史の中で写本や重要文書に使用されていましたが、社会の変化とともに後に名刺や招待状、グリーティングカードなど幅広く使用されるようになりました。 つまり、金文とカリグラフィーは文字の系統が異なっていても、どちらもロマンチックでエレガントな要素と恒久的であるというOliveも驚くような共通のつながりに気付けたのでした。
こうして、2つの共通性を切り口としてデザインすることを決めることができました。
まず、重心の高いデザインの中山王方壺と金文の縦長の字形を参考にし、金花体の骨格に落とし込むとともに、文字を狭めてデザインすることで筆画を伸ばす空間を確保しました。
そして、壺の蟠龍紋様の装飾を金花体の丸みのあるハネやループのデザインに落とし込んでいきました。
最後に、長くエレガントな曲線につながりが出るように、カリグラフィーのフローリッシュという技法を使用していったのです。


金花体の特徴

文化のDNAをつなぎ合わせることで金花体のベースが出来上がりましたが、この後、数々の困難が待ち受けていたのです。
 
程よい華やかさを求めて
Oliveは、金花体はフォント業界の中でも一番華やかな書体かもしれないと考えています。
中国語でとても華やかに見えるという意味の言葉が「真花」です。「真花」と「金花」は実は中国語の発音が似ているだけでなく、「金花」にも華やかという意味が含まれているそうです。
華やかさは文字にとってプラスに働く反面、華やかさが過ぎる場合、文字の視認性の低下や品が損なわれてしまう可能性もあります。
こうした懸念点を抑えて、花が咲き誇るようなロマンチックなイメージを漢字に持たせることは簡単なことではありません。
金花体における、程よい華やかさの境界線を意識しながらの文字としてのバランスの調整は、Oliveの書体デザイナーとしての30年のキャリアの中でとても大きな試練になっていったのでした。
Oliveは正解を導き出す過程で何度もつまずき、トイレに入っても床に落ちている髪の毛が金花体の筆画に見えてきたり、道を歩いている時も無意識に手で筆画を描いてしまって通行人に驚かれたりするほどに、金花体のデザインにのめり込んでいきました。
その努力の甲斐あって、金花体ではゴシック体や明朝体のようなデザインの一貫性から離れ、「絶対的な基準がない中でルールを探る」という指針を示すことができました。
絶対的な基準がないということは自由な表現が可能とも言えますが、標準的な答えがないことで粘土を捏ねた時のように毎回違うものが出来上がってしまう可能性も生じます。
書体をデザインする上で必要となるルールも、当然、通常の書体よりも複雑化していき、文字によっては個別にデザインすることになりました。
通常の書体では同じ筆画やパーツであれば1種類あるいは2、3種類デザインすれば済みますが、金花体では少なくとも4、5種類以上でデザインしておかないと様々な組み合わせに対応することができません。
そして実際に筆画を組み合わせて文字を作る段階になると、1文字ごとに10種類以上のスタイルを試作しながら一番良い見た目になるように試行錯誤を繰り返し、足りない筆画があった場合には追加で作成しなければなりませんでした。


金花体の特徴2

また、華やかさの境界線を見つけることは、理性と感性がぶつかり合い交わることでもありました。
Oliveは中国書道と絵画における「虚実(虚は収筆部分など細い部分のことで実は直線的で線の太い部分のこと)」の概念から金花体のルールを生み出していきました。「虚」ではカリグラフィーのラインになる部分、はらいや筆画の中で細めの部分と設定し、「実」にはやや理性的な要素があるため、縦線と横線、筆画の中で太めの部分としました。こうして「虚実」の概念を取り入れ、虚実の要素が互いを引き立てることで調和がとれた奥行きのあるデザインを形成していったのでした。
具体的に言うと、文字の上半分が華やかなら下半分は控えめに、左側が華やかなら右側は控えめにするといったように互いのバランスを取ることで可能な限り華やかになりすぎないようにしていきました。
また、カリグラフィーにするのが難しい骨格の場合には、出来る限り元々の形を残し、余計な装飾を加えないようにし、もしも華やかになりすぎた場合は再度、検証し、1つ1つ華やかさを引き算しながら修正していきました。


金花体の特徴3
その他にも、金花体は筆画間の関係性を考慮しなければなりませんでした。
伸びた画線が長くなるため、他の画線とぶつかりやすくなりますが、この際にぶつからないようにデザインする以外につなげてしまうという方法で解決しました。例えば、いくつかの点画を一画としたり、つなげたりすることでシンプルに見せることができ、パーツもフローリッシュを使うことで全体がつながったような視覚的効果と情緒を生み出したのでした。


金花体の特徴4

Oliveは金花体のデザインの過程で常に困難に直面し、時には外出してインスピレーションを探索したこともありました。
例えば、複数のパーツを組み合わせてできている文字「艶」の「曲」部分には、どのように組み合わせても納得がいかず、最終的に中国書道の草書からヒントを得て草書の書き方を取り入れることでバランスを整え、線の表現も合理的で自然な仕上がりへと導いていきました。

 
チームが一丸となり、デザイナーの思いを感じ取る
金花体は、個性的で情感が豊かであり、デジタルフォントの中でも芸術性が高く書体デザイナーのキャラクターが際立った書体なので、文字の量産を担当したスタッフ達も量産段階で必ずしもデザインを把握できたわけではありませんでした。
Oliveが「線を無理やり引っ張らない」、「いい加減に制作しない」、「わざとらしいデザインにしない」、「曲線を変形しすぎない」といった基準を設定していても、スタッフもそれぞれ意識が異なるため、全身全霊でOliveの意図を感じ取っていくしかありませんでした。
しかし、漢字には数百もの構造があり、また、構造によって組み合わせ方が異なるため、金花体の文字の量産作業は実に困難でした。
解決策を見出すべく、Oliveは書体デザイナーが手掛ける一般的な仕様のフォントよりもはるかに多い1,000文字を超える定型文字(基礎となる文字)のデザインを一人で手掛けることになりましたが、そこには古代中国神話に登場する人類創造の女神と言われる女媧(じょか)が泥で人を作って見た目や性格の異なる子供の適性に合わせて成長させたか如く、金花体の量産時に各筆画の使用方法やパーツの選び方、骨格の組み立て方など全てにおいてルールを設定するなどしっかりとした綱要を製作していきました。
こうして出来上がった骨格のバランスに関するルールの図案は、ループのつなげかた、起筆のループ、収筆の線の上げ方など複数の記述があり、書体見本と説明を除けば武術本のようにも見えてきます。


金花体の骨格バランス例

あらゆる状況に対応できるパーツ、その組み合わせ方など、デザインのルールの詳細を決定していったことで量産化における問題は解消されるはずでしたが、実際の作業になると、スタッフによるデザインの理解度や臨機応変な対応に任せなくてはいけないケースも多く、量産された文字の出来映えには問題が山積でした。
例えば、金花体のメインとなる骨格には金文体の縦長の骨格を採用していますが、四方に向かって伸びる線は細い線のため、もしデザインを把握していないと、ふところが広くなりすぎて重心が下がってループが多くなりすぎて派手になってしまったり、筆画を適切に選ばないとループの要素や筆画が交差する箇所が多くなりすぎて見た目にもしつこいデザインになってしまったりします。
そこで、Oliveは量産された数万文字の中から1つずつ慎重に問題点を抜き出し、何度も話し合いながら修正を繰り返し、また、スタッフにも指導を行わなければなりませんでした。
このような困難を経て文字と作り手達の心が一体化していくことで、初めて良い結果につながっていったのでした。
修正を何度も繰り返すなどしたOliveの机の上に積み上げられた山のような修正原稿は、まるで修行のように険しく長い道のりに通じるものがあります。


量産段階で起きる問題例
 
漢字以外の難問
漢字は骨格の変化が大きいため、デザインは一筋縄ではいきません。文字によって筆画の多さが異なり、同じ基準でデザインすることができず、起こりうる状況があまりにも多いため、どのような構造であっても様々な状況を想定する必要があります。
そうした漢字デザインという難関を乗り越え、やっと一息つけると思っていた矢先、仮名のデザインでも難局が待ち受けていました。
仮名は筆画が少なく骨格もシンプルですが、シンプルだからこそデザインが難しくなります。仮名と漢字の筆画は似ている部分があり、中でもカタカナは通常漢字の筆画をそのまま使ってデザインして調整すれば良かったりしますが、金花体の場合、漢字の筆画をそのまま使ってしまうと装飾が華やかになりすぎてしまい、日本語として読めないようなデザインになってしまいます。
そこで、Oliveはいくつか異なるスタイルをデザインし、ダイナコムウェアで仮名デザインを担当する新海 真司と共に検討を重ねてデザインを決定していきました。
何百もの文字に対して細かい修正を行い、デザインが完成するまでに更に半年の時間を要しました。


「金花体」かなの特徴

ラテン語とキリル文字のデザインは、カッパープレート体の大文字を参考にし、漢字のスタイルをそのままに、蟠龍紋様のループの要素を取り入れることで文字全体の統一感が増し、欧文もカリグラフィーの要素に東洋の雰囲気を持たせました。
 
最後にとっておきのサプライズを込めて
文字に込められた感情が絶えることがないように、個々の文字だけではなく、更に工夫を施さなければなりません。
金花体の開発当初からOliveは「美しく特別な言葉」だと感じた単語を選び出し、カリグラフィーで文字を書いたような滑らかな美しさを合字としてデザインするというアイディアを持っていました。 このアイディアにより、ユーザーは使いたいときに文字セットから合字として選ぶことができ、思いのままに祝福や感謝の気持ちを表現することができます。
現在は手書きのカードを送ることが少なくなりましたが、金花体はLINEのスタンプを製作するのにも適しているので普段の挨拶などでも使用することができるでしょう。
・特別な言葉を美しくつなげる「金花体 合字」の使用方法や合字一覧について

金花体では文字だけではなく、金花体の筆画から装飾単体のパーツをデザインしているため、ユーザーは文字と組み合わせることで華やかでロマンチックな雰囲気と統一感のある効果を作り出すことができます。
また、筆画でハートマークを作り、文字の中にしのばせることで、文字が本来持ち合わせている意味を伝えるとともに、目に入ったときに文字の感情を倍増させることもできるでしょう。


「金花体」恋愛

Oliveの手によって誕生した金文体、甲金文体、金花体は、それぞれ異なる意味を持った書体です。
Oliveにとって、金文体は自分への贈り物、甲金文体は父親へ、そして金花体は母親へ贈りたい書体とのことです。
書体デザイナーには想いがあり、文字にも感情が宿ります。
感情が宿る文字を使う側もまた、日常生活の大切な瞬間を輝かせ、言葉を綴るうちに文字に込められた感情で満ち溢れていくことでしょう。

 
DF金花体の特長
中国戦国時代の中山王方壺に刻まれた金文の骨格と西洋書道であるカリグラフィーの要素を掛け合わせて生まれた革新的なデザインの書体です。
縦長の骨格に、外側へ向かって花が咲き誇るように伸びた繊細で軽やかな筆画が滑らかで優雅な曲線を描きます。
直線的で安定感のある縦線と横線にループを組み合わせることで理性と感性の調和が取れ、線の太さの変化により緩急を付けることで、デザイン全体が柔らかくエレガントになり、ロマンチックな中にも華のある印象になります。 金花体を使用することで、文字に込められた感情を絶えることなく伝えることができるでしょう。

・金花体 特設サイトはこちら
・金花体 特設動画はこちら
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デザイナーの本音に迫る──
Q.金花体は構想からデザインが完成するまでどのくらいの時間を要しましたか?

Olive:2018年12月にデザインの提案をして、2019年2月から製作を始めました。2021年7月に品質検査の段階に入るまでに3年近くかかりました。

Q.金花体はあなたにとってどのような存在ですか?
Olive:私の娘のような存在です。金花体の姉のような存在の金文体は、どちらかと言えば上品で物静かな性格ですが、金花体は活発でオシャレなので、それぞれの性格は異なります。

Q.ご自身が書かれた数々の手書き原稿を拝見したのですが、デザインの際にはどのような道具を使って練習しましたか?
Olive:何種類もあって、全部試し書きをしました。紙は筆尖温度の練習帳やTomoeRiver(トモエリバー) 、ノート型のホワイトボード、メモ/古いノート、たまにiPadのProcreate(ペイントアプリ)を使っていました。筆は鉛筆、ボールペン、フェルトペン、カリグラフィー用のペン、万年筆など、手元にあった筆記用具を使っていました。
  「金花体」作成ペン

Q.壁にぶつかったり、ストレスがたまった時にはどのように発散していますか?
Olive:金花体は本当に壁にぶつかることが多かったのですが、美しさから生まれた書体なので、ストレスを感じて負のエネルギーが出ると、蓄積してしまって文字のデザインにも影響してしまう(派手なデザインになるなど)ので、毎日プラスの状態でいるように心がけ、どうしても上手くいかない時には一旦作業を中断するなど、休憩をはさみながら作業を続けて困難に向かっていきました。私のようにいつも早起きであれば、MRT(台北メトロ)の駅から会社までの道のりを歩きながら春夏秋冬の変化を感じることができますし、出社してからは抹茶ミルクを淹れてジンジャーリリーの香りをかいでいると力も漲ってきます。出来る限りきれいな物を見て、悪いものを避けることで、ひと時の静けさを楽しむことができます。

Q.金花体がどのように使われたらいいなと思いますか?
Olive:文字によって機能が異なると思うのですが、金花体は基本書体のように本文に使うと派手になるので見出しなどテキスト量の少ないデザインに向いています。それ以外にも、マンホールや鋳鉄の彫刻、光の演出、シーリングスタンプ、アイアン窓枠など幅広い用途として、日常生活やインスタレーションアートに使っていただくのもいいのではないかと思います。もちろん初めの金花体への着想通り、グリーティングカードにも適していると思います。大切なカードなどにも使用していただき、想い出の一枚として長い間、大切に保管していただけると嬉しいです。私が母に贈ったカードも長いもので30年以上保管されているはずです。

※金花体は、ダイナフォント年間ライセンス「DynaSmart V」に収録されています。
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