連載コラム
2021年10月11日

ぬらくら第126回「活字写植フォント」

精密機器メーカーの製造工場勤務から設備機器メーカーの広報宣伝課に転職したのは1966年3月、国家検定二級治工具仕上工からグラフィックデザイナーへの転身でした。
先輩も後輩もいない、一緒にデザイン学校を卒業した友人と二人だけの部署で、課長は人事課長の兼務でした。

職場は新橋五丁目、JRのガードを浜松町方面に抜けた辺り、第一京浜国道沿いの傾いた古いビルの二階でした。国道の補修工事で建物が傾いてしまったのだと聞かされたのは入社してからです。

傾いた社屋だったその会社も、今や社名もオシャレになって国際的なビジネスを展開する業界大手になっています。

転職、即グラフィックデザイナーとしての実務ですが課長は人事畑の人で、当然、現場にお任せです。職場には先輩も師匠もいません。
そこで頼りになったのが転職先に出入りしていた印刷会社のベテラン営業マン氏と、印刷工場のそれぞれの部門の専門家達でした。

デザイン学校を卒業したばかりで何も知らない若造を相手に、指定版下 (*1) の作り方や原稿指定 (*2) の方法、製版指定の書き方から印刷用紙の選定まで、手取り足取り、懇切丁寧に教えてくれたのは、こちらが印刷物発注担当者だったからだろうと、今になって思い至ります。

印刷会社からページレイアウトされる前の、文字の部分だけの初校ゲラ刷りが戻ってきます。主な仕事は未だ活字組みでした。印刷会社に依頼した原稿の文字(活字)がないと、その文字の部分は活字を裏返した〓(ゲタ *3)で組まれてきます。

何故か〓になっている部分の活字は、当方で神谷町にあった活字店まで買いに行って用意していました。〓は一箇所だけではないので、必要な活字を〓の数だけ買い揃えて、赤字を入れた初校紙と一緒に印刷会社に戻します。

A4版・上製本・布クロス貼り、厚さが15ミリメートルという総合カタログを作ることになりました。
口絵をはじめ要所々々には原色版印刷 (*4) のページがありました。凸版による四色フルカラー印刷です。当然、駆出しの担当者としては張り切ります。

原色版の初校紙が出てきますし。
さっそく赤字 (*5) を入れて印刷会社に戻すと、いくらも経たないうちに営業課長から電話がかかってきました。
『この修正は本当に必要ですか? 請求書がとんでもない金額になりますヨ!』と強い口調です。たしなめられるというよりも、ベテランから叱られているような気分でした。

原色版の版は高価な銅版で、一つの写真にシアン版・マゼンタ版・イエロー版・スミ版の四枚の銅板を使っているのです。その時の思いつきや印象などで適当に入れた赤字でも、即、製版のやり直しにつながります。

後日、印刷工場で原色版の製版工程を見せてもらうことになりました。印刷会社の、発注担当者再教育プログラムに乗せられたということだったのでしょう。

当時はオフセット印刷の刷り上がり紙面が凸版活版(活版印刷 *6)のそれに比して力強さがない (*7) と嫌われ、未だ活版印刷が主流でした。

とはいえ、活字の持つ書体数は明朝体、ゴシック体、丸ゴシック体、楷書体、宋朝体など数えるほどしかなく、広告やカタログで紙面に変化をつけたくても限界があります。そこで、活字よりも書体数が多く、利用頻度も増えてきた写植の出番になります。

普段依頼している写植屋さんに希望する文字盤(書体)がないと、そこから紹介してもらった写植屋さんで印字してもらうこともありました。

その頃はどこの写植屋さんも主力の写植機として SK-3型機を置いていたようです。
写植は漠然とですが、関東以北は写研、関西方面はモリサワという棲み分けがありました。

写植屋さんで打ってもらった写植文字は、そこから凸版を起こして活版印刷に利用します。前述の総合カタログの本文は、ページにモダンな空気が欲しくて全て写植文字から起こした凸版を使いました。

気がつけば取引先の印刷会社もいつの間に活版印刷からオフセット印刷に変わり、印刷会社に渡す原稿も指定版下の入稿から完全版下 (*8) 入稿に変わります。

文字部分は活字組みから写植へ、仕上がり原寸の版下に切った貼ったの写植とペーパーセメント(接着剤)、ソルベント(接着剤の溶剤)漬けの毎日が続きます。
版下をカメラ撮りする時に、写植印画紙をそのまま張り込むとその周囲に影が出やすくなるので、これを防ぐために写植文字が現像された印画紙から膜面(印字面)だけを剥がして版下台紙に張り込みます。

文字校正で入った赤字の修正では、版下に張り込んだ写植から一字あるいは二字、場合によっては数行のトルツメ作業をするなど朝飯前、薄く剥がして張り込んだ写植印画紙の切り貼りはいつか職人技になっています。

それでも、サイズの大きな版下台紙を作ったときは、台紙の四隅に引いてある『コーナートンボ (*9) が狂っている、直角が出ていない』と印刷会社の製版担当者からクレームが入ることもありました。大きなサイズの版下台紙に、T定規と三角定規で満足なコーナートンボを引くのはなかなか難しいことでした。

デザインしている時間よりも版下を作っている時間の方がはるかに長かった印象しか残っていませんが、実際はどうだったのでしょう? 今となっては記憶もおぼろです。

ポスターなどで大きな文字が必要なときは当然手書きですが、写植で打ってもらった一番大きな文字(例えば62Q)をトレスコ(トレスコープ/紙焼き機)で印画紙に拡大して使っていたことも思い出しました。トレスコは他にも図版やロゴマークの拡大縮小、写真や図版のアタリ取りに利用していました。

日本のDTPの実用化はAppleがMacintosh IIと、それに続く初の日本語PostScript対応レーザプリンタLaserWriter II NTX-Jを発表してからだったと言っても好いでしょう。

LaserWriter II NTX-Jに繋がれたハードディスクには、モリサワが提供した日本初のPostScript フォント、リュウミンL-KLと中ゴシックBBBが搭載されていました。
プリンターの解像度は300dpi、普通紙しか使えず、出力したものは、そのまま使うとアラが目立つのでオプチコピー・インポーザーカメラ (*10) を使って、72%ほどに縮小して利用したことを思い出します。

写研の書体しか使ったことがない者にとって、リュウミンL-KLと中ゴシックBBBは初めの内は違和感がありました。単に見慣れていなかったということだったのでしょう。

その後のDTPの興隆はフォントベンダー各社が競ってデジタルによる新書体を開発・販売し続けたことも一助になっていますが、その中についに写研の書体が現れることはありあませんでした。

2021年1月18日、モリサワから『モリサワ OpenType フォントの共同開発で株式会社写研と合意』という発表がありました。この発表に接した時、両者の間には過去に色々とありましたが『結局、写研のフォントは、収まるところに収まったナ~』という思いが湧いてきました。

* 1) 指定版下
レイアウト用紙に文字・写真・図版などの入る位置を正確に書き込み、その上にかけたトレーシングペーパーに製版指定や文字組みの指定などを書き込んだ原稿。図版や写真、文字原稿などは別に用意し、そこに製版や組版の指定をすることもある。指定原稿ともいう。

* 2) 原稿指定
原稿用紙などに書かれた手書きの文字原稿に、書体・文字の大きさ・一行の文字数・行間など、組版に必要な情報を書き込むこと。

* 3) 〓(ゲタ )
活字を組むときに不足した活字があった時、その不足した活字の代わりに同サイズの不要な活字を逆さにして利用したもの。活字の裏側の溝(フート)が印刷されると下駄の歯(〓)に似ていることからこれを「ゲタ」と呼んだ。

* 4) 原色版印刷
カラー写真や絵画などをシアン・マゼンタ・イエロー・墨の四色に色分解して、それぞれを銅板に網目で焼きつけた版を使った凸版印刷。
刷り上がりは重厚で油絵の複製や陶磁器などの印刷に使われたが、コストが高く製版時間もかかり、印刷の速度も遅くしなければならずあまり利用されなくなった。

* 5) 赤字
校正紙に赤(鉛筆)で修正/修整指示を入れること。アカ、朱筆ともいう。

* 6) 凸版印刷(活版印刷)
凸版印刷と活版印刷は混同されて使われることが多い。凸版印刷は印鑑のように凸刻された版面部にインクをつけて紙に転写する印刷方法全般のこと。活字を組んで印刷する活版印刷は凸版印刷の一種。

* 7) 力強さがない
活(凸)版印刷は版面のインクを印刷紙に直接印刷するので紙に版の印圧がかかる。オフセット印刷は版面のインクをゴムブランケットに転写し、ゴムブランケットに転写されたインクを印刷紙に転写するので紙には活版印刷のような印圧がかからない。このことからオフセット印刷は活版印刷のような力強さがないとみられた。

* 8) 完全版下
墨色でコーナートンボ (*9) とセンタートンボ(*11)を引いたケント紙などの厚手の紙に、写植文字や線画などをデザイン通りに貼り込み、さらに写真が入る位置を細い墨色の罫線で書き込んだ台紙。台紙の上にトレーシングペーパーをかけ、そこに文字や写真、図版などに対する製版指定などを書き込んだもの。この版下を元に製版工程でオフセット印刷の原板フィルムが作成される。

* 9) コーナートンボ
台紙の四隅に印刷物の仕上がり寸法と塗り足し (*12) 幅を示す目印になる墨色の細い罫線。多色刷りの場合では各版の位置を合わせるための目印となる。

* 10) オプチコピー・インポーザーカメラ
面付けとフィルム撮りを同時に行うことができる製版カメラシステム。 文字、線画、網点処理をした写真などを張り込んだ一ページ毎の完全版下台紙を、折り丁通りに面付けして並べ、コンピューター制御された高解像度の製版カメラで製版フィルムに撮影する。コダック社製。

* 11) センタートンボ
版下台紙に引かれた仕上がり寸法の天地左右の中央、版面の外に短く引かれた墨色の細い罫線。

* 12) 塗り足し
写真や図版などをページの端いっぱいに印刷する(これを「裁ち落とし」という)ときに、仕上がり寸法よりも外側に飛び出して写真や図版が必要になる。その幅(通常三ミリメートル)を示す墨色の細い罫線をコーナートンボと一緒に引いたが、これを塗り足しという。トンボは厳密に水平垂直に書かれることが求められる。

タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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ダイナコムウェア コンサルタント
ダイナコムウェア株式会社
コンサルタント
mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
Blog:mk88の独り言

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