連載コラム
2021年07月29日

ぬらくら第124回「デザイン書道入門」

関東甲信越地方の梅雨が明けた7月16日に松本に入りました。
梅雨が明けたばかりの松本は、サングラスなしでは眩しくて、外を歩けないほどの強い陽射しです。

今回の松本滞在は COVID-19 で騒然としたこのご時世下、ようやく開催に漕ぎ着けたセミナーに参加するためです。

昨年(2020年)2月21日に、松本タイポグラフィ研究会から次のような案内が届きました。

「第7回 松本タイポグラフィセミナー『書物と活字』シリーズ」
標題:明朝体活字の誕生と展開
講師:小宮山博史 (* 1)
日時:2020年4月11日(土)/13:30~17:30
会場:四柱神社参集殿 2階大講堂

このセミナーの開催はその後、延期と変更を繰り返します。
そして開催されたのは1年3ヶ月後の今年(2021年)の7月です。そこに至るまでの経緯を簡単に辿ってみます。

2020年3月19日に開催日と会場変更を伝える次のような知らせが届きます。

日時:2020年6月13日(土)/13:30~17:30
会場:四柱神社参集殿 2階大講堂

丁度この頃は、新型コロナウイルス感染症拡大防止のために、人の集まりが厳しい制約を受け始めた時期です。

案の定、松本タイポグラフィ研究会も計画の変更を余儀なくされます。
5月11日に、このセミナーの開催日時・会場は未定のまま再延期するという知らせが送られてきます。

9月には小宮山さんが追い続けてきた、明朝体の出自とその歴史に迫る「明朝体活字 その起源と形成 (* 2)」が発行されているので、この頃に小宮山さんのセミナーが開かれていれば、面白い話を聞くことができたのだろうと、想像してしまいます。

9月4日に、新型コロナウイルス感染症拡大防止を計りながら、どのようなセミナーにしたら良いのか、主催者の悲鳴と悩みが聞こえてくるような知らせが届きます。
この時点でセミナー開催は一年以上先になることが予告されます。

『開催規模や運営方法などの見直しや新たな形式での開催も検討しなければならないと思いますが、それでも現時点では、来年2021年春~夏頃の松本市開催を目指したいと考えております』とは、その時の主催者のコメントです。

年が明けて今年(2021年)3月31日に、開催日時と会場のみを伝える次のような知らせが届きます。

日時:2021年7月17日(土)/13:30~17:30
会場:上土劇場

5月31日になると、このセミナーの講師小宮山さんの都合がつかなくなり、講師とテーマを変更して開催するとした、次のような知らせが届きます。

「第7回 松本タイポグラフィセミナー『書物と活字』シリーズ」
表題:デザイン書道入門――書道経験がなくても「いい文字」は書ける。
講師:美登英利 (* 3)/ミトグラフィコ主宰
協力:室賀清徳(編集者 * 4)/白井敬尚(グラフィックデザイナー * 5)
日時:2021年7月17日(土)13:30~17:30
会場:上土劇場
※新型コロナウイルス感染症の拡大防止策を講じた上での開催となります。

6月10日になって、このプログラムでセミナーを実施することが確定したという知らせが届きます。
松本タイポグラフィ研究会のセミナー開催に向けた熱意と粘り強さは感動ものです。

松本タイポグラフィ研究会については「ぬらくら第105回 松本タイポグラフィ研究会 (* 6)」で取り上げましたが、文字やタイポグラフィに関心を持つ松本在住の有志達によって運営されている小さな研究会です。

ということで、松本にやってきたのは2019年11月30日に開催された「第6回 松本タイポグラフィセミナー『編集とタイポグラフィ』」に参加して以来の1年8ヶ月ぶりです。

今回のセミナーのテーマ「デザイン書道入門」について、主催者が配布したセミナー告知のチラシには次のようにあります。

『近年、文字を効率的にやりとりできるフォントがコミュニケーションの中心になる一方で、手書きの文字の独自性に注目が集まってきた。
広告、ロゴ、パッケージといった現場でも、毛筆による手書き文字、いわゆる「デザイン書」が盛り上がりを見せている。
書というとその伝統や権威、あるいは悪筆へのコンプレックスから敬遠してしまう人も多いだろう。
しかし、「いい文字」を書くことと芸術としての書は別ものだ。
自らも書道経験のないところから出発したというデザイナーの美登英利は、「書そのものを自分でデザインする」という発想に立ち、デザイン書をタイポグラフィとならぶひとつの手法として実践してきた。
あなたにもできるデザイン書の自由な魅力とその考え方について美登氏が初めて語る待望の講演!』

定刻通り始まったセミナー会場の上土(あげつち)劇場内は、前後左右に一席ずつ開けた着席で、50名余りの参加者が入っています。
午後1時30分から5時30分まで、休憩が入るとはいえ長丁場です。

前半は美登さんと、嘗て美登さんと職場が同じだったという白井さんに、司会進行役の向井裕一 (* 7) さんも加わって、今年の4月に発行された「デザイン書道マニュアル (* 8)」を元に、美登さんの作品が紹介されていきます。

紹介された作品の中には『何処かで見たことあるな』と思ってしまう筆文字が出てきます。
しかし、それは思い違いで、スクリーンに映し出された作品がそう思わせているようです。

20分の休憩を挟んで後半です。
前半の三人に「デザイン書道マニュアル」の編集を担当した室賀さんが加わって『デザイン書道とは何か』その肝になる部分を美登さんから聞き出そうと迫ります。

不定形な筆文字をあしらったグラフィックデザインの秘密を暴こうとしますが、美登さんの重い口からは明快な解説の言葉が出てきません。

白井さんの『筆文字が何故この大きさでこの位置にレイアウトされているのか?』という、美登さんの意識の奥に迫る問いに対して、普通なら感覚とか感性とか、あるいはセンスという言葉を持ち出して終わるのですが、この日の白井さんはそれを許しません。

時に、紙面に三角のガイドラインが見えたり、グリッドシステムが垣間見えたり、そんな点を指摘しながら白井さんの『何故?』の連射に、美登さんも答えが見つからず困惑する場面もありました。

後半の最後に美登さんが作例や動画で筆文字の作り方を解説して20分休憩。その後の質疑応答の時間には会場からデザイン書に対する感想や期待も出ていました。

『たくさん、とにかくたくさん書く』
『作意を込めずに筆先に任せて線を引く』
『数をこなすと見えてくるものがある』
などなど、美登さんが発した数少ないこれらの言葉は、グラフィックデザイナーとして積んできた、時に辛く厳しい経験から出ているのが伝わってきました。

書道とデザインされた書の違いが明確に示され、この方法ならデザイン書を書けるかもしれないと思わせてくれるセミナーでした。

会場の外に出たら、未だ陽射しギラギラの、梅雨明け2日目の松本セミナー受講顛末記でした。

* 1) 小宮山博史(こみやまひろし)
1943年新宿早稲田生まれ。國學院大学文学部卒業。書体研究者の佐藤敬之輔のもとで書体設計と書体史の基礎を学ぶ。
その後、佐藤没後研究所を引き継ぎ、2019年研究所を閉めるまで所長を務める。
主な編著に『明朝体活字字形一覧』『日本語活字ものがたり』『本と活字の歴史事典』『明朝体活字 その起源と形成』などがある。
弊社のホームページにも連載寄稿「活字の玉手箱」をいただいている。
・「活字の玉手箱」記事一覧はこちら

* 2) 明朝体活字 その起源と形成
小宮山博史:著 グラフィック社:発行 2020年

* 3) 美登英利(みとひでとし)
グラフィックデザイナー。1985年 グラフィックデザインスタジオ ミトグラフィコ設立。
1991年 書をモチーフとしたポスター「花」「水」「鴬」で国際タイポグラフィ年鑑グランプリを受賞。
1991年「日本の伝統音楽」CDジャケット デザインで国際タイポグラフィ年鑑入賞。
2019年 和雑貨ブランド「花之間」の開発・販売を開始/2019年 富山デザイン展審査員。
主な著書に『書林 美登英利作品集』『デザイン書道マニュアル』がある。タイポグラフィ学会会員。

* 4) 室賀清徳(むろがきよのり)
編集者。『アイデア』誌前編集長(2001-2018)。
担当書に『新版 タイポグラフィ・トゥデイ』『文字の美・文字の力』『日本語活字ものがたり』『日本語組版の考え方』がある:以上誠文堂新光社。
近年の担当書に『作字百景』『モダン・タイポグラフィ』『デザイン書道マニュアル』がある:以上グラフィック社。
武蔵野美術大学、東京藝術大学、多摩美術大学非常勤講師。

* 5) 白井敬尚(しらいよしひさ)
グラフィックデザイナー。タイポグラフィを中心としたグラフィックデザインに従事。2012年より武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科教授。
主な仕事に『書物と活字』『EXHIBITIONS』『横尾忠則全装幀集』などのほか、2005年から2015年にかけてデザイン誌『アイデア』のアートディレクションとデザインを担当。

* 6) ぬらくら第105回 松本タイポグラフィ研究会
記事はこちら

* 7) 向井裕一(むかいひろかず)
グラフィックデザイナー。著書に『日本語組版入門 その構造とアルゴリズム』がある。 「松本タイポグラフィセミナー『書物と活字』シリーズ」の初回からその活動をサポートしている。

* 8) デザイン書道マニュアル
美登英利:著 グラフィック社:発行 2021年

タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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ダイナコムウェア コンサルタント
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mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
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