ぬらくら第120回「近代平仮名体系の成立」
梱包を開けるとピカピカした銀色のカバーと帯に包まれた A5版、370頁ほどの厚みがある「近代平仮名体系の成立」は副題に「明治期読本と平仮名字体意識」とあります。
著者は岡田一祐さん、発行は株式会社文学通信です。
著者は第一章の冒頭で「『1900年、小学校令施行規則により平仮名の字体が統一された』。
本書は、この一行に対する幾多の註釈である。」と述べています。
本書は平仮名の字体 (* 1) に搾って、残されている膨大な資料を渉猟し、その変遷の解明を試みています。
この本で平仮名字体についてどのようなことが論じられているのか、以下に章ごとの大要をご紹介します。
見出しを見易くするために部を【 】で括っていますが、原本には【 】は使われていません。
また、それぞれの章の下には節や項が設けられていますが、ここではそれらを省略します。
【第一部】はじめに
第一章 明治期読本の平仮名字体意識の諸問題
明治期の平仮名がどのようであったのか、当時の読本(* 2)に当たってその有り様を探っています。
第二章 いろは仮名の来しかた――近世・近代における平仮名字体の体系化
いろは仮名(* 3)が現代の平仮名の成立に果たした役割について分析しています。
【第二部】近世の仮名字体意識の諸問題
第三章 江戸期のいろは仮名
平仮名書きとその字体の固定化が進んだ江戸期のいろは仮名にも、未だ字体に揺らぎが見られることを検証しています。
第四章 教科書に用いる仮名字体――往来物における濁音仮名から見えるもの
往来物(* 4)に見られる濁音表記は何故必要だったのか、その理由について考察しています。
【第三部】明治期読本における平仮名字体意識の形成と変容
第五章 明治期のいろは仮名
明治期のいろは仮名の字体の違いを計量的に分析し、江戸期のそれと比較・分析しています。
第六章 明治検定期以前の読本の仮名字体
明治期の読本に見られる平仮名表記が、主要な字体に統一される傾向が顕著であることを検証し、その理由について推測しています。
第七章 異体仮名表のかたちと字体
明治期の読本に採用された異体仮名を一覧にした異体仮名表について論考を進めています。
第八章 いろはならざる画一化のゆくえ――「かなのくわい」の画一化試案
かなのくわい(* 5)がその活動を通じてどのように平仮名の字形統一と表記に向きあったのかを考察しています。
【第四部】小学校令施行規則第一号表に到るまで
第九章 明治検定期読本における字体の画一化過程
1872(明治5)年に始まった義務教育で使われる教科書は自由に発行・採用されていましたが、1886(明治19)年に検定制度が導入されます。
この検定制度によって平仮名の字体がどのように整理・統合されていったのか、その流れを追っています。
第十章 小学校令施行規則第一号表を読みなおす
1900(明治33)年に施行された小学校令施行規則の附表第一号表によって平仮名の字体が定められますが、その表の内容を詳細に検証しています。
第十一章 例に示す仮名と実際に用いる仮名の一致について
明治期に大槻文彦によって編纂された国語辞典「大言海」が、何故、異体仮名の使い分けをしているのか、その理由に迫ります。
第十二章 「いろは」から「平仮名」へ
平安初期に発生した多種多様な平仮名が、現代の一字一音の平仮名になるまでを外国人の記述や近代文法書、国字改革運動の中にどのように現れてきたのかを示しています。
【第五部】 おわりに
第十三章 議論の整理と今後の展望
第一章の冒頭で述べられた「1900年、小学校令施行規則により平仮名の字体が統一された」ことに対する注釈として、著者は次のように述べ研究が継続されることを暗示しています。
「1900年に行われた仮名字体の統一は、小学校で教授されてきた数多の仮名を排した仮名字体の画一化であり、それまでのいろは仮名の改正として提示されたものである。(中略)註釈には果てがない。いずれ、この註釈を改め、あるいはここに一文を追加できる日が来ることであろう。」
補論 平仮名字体記述法の批判的検討
著者が平仮名を理論的に研究する際に、その基盤をどのようにして何処に置いたのかについて述べています。
* 1) 字体
線や点の組み合わせから成る、文字の骨組み。
似た語に「字形」があるが、「字形」は書かれたり印刷されたりした文字の具体的な形を指す。
それに対して「字体」は書いたり印刷したりするときの基準となる、社会的に一定した抽象的な文字の形を指す。
* 2) 読本
明治から昭和初期まで,小学校の国語教科書として使われた本のこと。広く教科書一般を指すこともある。
* 3) いろは仮名
古くは 1079年に写されたとする「金光明最勝王経音義」に見られるいろは歌を仮名書きしたもの。
* 4)往来物
平安末期から明治初期まで広く行われた庶民教育に用いられた初等教科書の総称。
* 5)かなのくわい
幕末から明治にかけて社会生活において漢字を使うことの非生産性を指摘するものが現れ、それを打破するための漢字廃止論が起こる。
1882(明治15)年にそれぞれ異なる仮名遣い論を持つ「かなのとも」「いろはくわい」「いろはぶんくわい」の三団体が設立される。
同年これら三団体が一つになって結成されたのが「かなのくわい」である。
「かなのくわい」は長くは続かず、1885(明治18)年に歴史的仮名遣い派と表音的仮名遣い派が対立し、1890(明治23)年頃には会はその存在意義を失っていた。
【参考資料】
近代平仮名体系の成立―明治期読本と平仮名字体意識
岡田一祐:著 株式会社文学通信:発行 2021年
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-48-7.html
タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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mk88氏
PROFILE●1942年東京都生まれ。1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
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