連載コラム
2011年09月02日

ぬらくら 第12回 電子書籍と異体字・外字

今年は何度目かの電子書籍ブームの年だと言われています。
そのことを反映したのか、7月に開催された電子書籍やデジタルコミック、 デジタル新聞などの制作・配信と関連技術・サービスの展示会「国際電子出版 エキスポ」は例年にない盛況でした。
1980年代の後半にApple社が発売したMacintoshにカード型データベース・ソフト ウエア-「HyperCard」が標準で付属していました。 このHyperCardこそが電子書籍時代の到来を暗示していたのかなと、ぬらくら編集子は今になって思い起こします。
その後の日本国内の電子書籍の変遷を思いつくままに振り返ってみましょう。
1985年に国内初となるCD-ROM版の辞典『最新科学技術用語辞典』(三修社)が 発売されました。
続いて1987年に『広辞苑 第三版CD-ROM版』(岩波書店)が、1988年には 『現代用語の基礎知識』(自由国民社)がそれぞれ発売されています。
電子書籍を利用する環境として1990年にソニーがCD-ROMを利用した「データ・ ディスクマン」を、1993年にNECがフロッピーディスクを利用した「デジタル・ ブック・プレーヤー」をそれぞれ発売しています。
1995年に『新潮文庫の100冊』(新潮社)のCD-ROM版が発売されましたが、 そのタイトルとともに記憶に新しいところではないでしょうか。
「日本の電子出版の普及促進と各種情報の提供」を目的として1986年に設立 された日本電子出版協会ですが、これは今から25年も前のことになります。
この団体は現在も活発に活動しています。
ぬらくら編集子が初めて電子書籍に関わりを持ったのは1998年の「電子書籍 コンソーシアム」でした。
この時は紙の書籍が持つ体裁や異体字・外字を解決するために(電子書籍の フォーマットが未策定など他にも理由はありましたが)電子書籍のフォーマットがTIFFという画像イメージになった経緯があります。
画像なら原本の異体字・外字が文字化けする心配はありませんが、文字データ としての異体字・外字の解決を先送りしてしまったとも言えます。
この「電子書籍コンソーシアム」は出版社、家電・事務機メーカー、ソフトウエア・ システム開発会社、印刷会社、通信事業者、流通事業者など141社2団体が参画した規模の大きな実験的な団体でした。
その後の2年ほどの活動期間中に、電子書籍専用端末を利用した電子書籍の オンデマンド配信・販売、著者への印税支払いを考慮した課金方法などを含む 総合的な実証実験を行って2000年3月にその任を終え解散しています。
次に関わりを持ったのが2000年、電子書籍のダウンロード販売サイト 「電子文庫パブリ」(*1)に参加した出版社に対して、文芸書が必要と する代表的な異体字・外字(*2)を収録したフォントを提供したときです。
これは、著者がその著書の中に使った字体はそのまま電子書籍化したいという、 出版社の要望に応えようとするものでした。
「パブリフォント」と名付けられたこのフォントはJISで規定している領域 (内字領域)にある文字の内、285字の字形を正字に変更し、さらに変更前の 139字をユーザー外字領域に収録して、正字を使用しない電子書籍にも対応 できるように配慮した文字集合(文字セット)になっています。
そして1880文字を収録することができるユーザー外字領域に1736文字の外字を 収録し、内字領域と併せて2021文字の異体字・外字を使えるようにしました。
パブリフォントの開発で一番大変だったのは、1880文字しか収録できない ユーザー外字領域にどのような異体字・外字・記号を収録するのか、 そのリストを決定する作業でした。 出版各社には校閲部あるいはそれに準ずる組織があり、文章表現や異体字・ 外字を含む文字の表記については各社各様の基準があります。
出版社だけでは各社が納得する2021文字を選定することが難しい状況でした。 最終的に2021文字が決まった背景にはダイナコムウエアの存在が大きかったと自負しています。
「パブリフォント」はWindows用、Macintosh用の他に、当時の個人情報端末 (PDA)で多くのユーザーを獲得していたZAURSやPalm OSなどにも対応したフォントも開発され、読書環境が変わっても同じ異体字・外字が表示できる ように配慮されたものでした。
その後、電子書籍のビジネス展開がオンデマンド印刷にも拡大されることになり、 初めは電子書籍をパソコンや個人情報端末で表示することを目的にしていたために「W5」という太い書体のみを開発したのですが、印刷にも適した太さが 欲しいという出版・印刷サービス関係者の強い要望を受けて「W3」という印刷に適した太さを開発し、併せて利用していただいています。
今まで何度か電子書籍が注目を浴びた時期がありました。
残念なことに、これまでに電子書籍が大きな市場を形成して、広く一般に普及することはありませんでした。
その理由はいくつも考えられるでしょうが、その一つに電子書籍のフォーマットが 出版社によって異なり、常に複数のフォーマットが市場に存在したということが あります。
電子書籍を読む道具(電子ブックリーダー)によって、読める電子書籍の フォーマットが異なり、電子書籍の普及にブレーキをかけたような気がします。
このことは電子書籍の利用者が、購入する電子書籍に合わせてその都度、 読書環境を用意しなければならないということです。
買って直ぐに読むことが できる紙の本なら考える必要のないことです。
また、紙の本では問題になることがなかった異体字・外字を、扱える文字数が 限られている電子書籍でどのように表示するかという、技術的なハードルが あったことも電子書籍の普及が進まなかった理由の一つと考えられます。
文芸書の異体字・外字を表示することができるようにと開発されたパブリフォントですが、書籍が使っている異体字・外字の全てに対応できているわけではありません。
電子書籍を考える時に異体字・外字・記号をどのように文字情報として電子書籍に 持たせるのか、どのように表示させるのかは未だ完全に解決したわけではありません。
この問題を解決しない限り幅広いジャンルの書籍が電子化されるにはまだまだ 時間がかかりそうです。
ただ、ここに来て電子書籍フォーマットの国際標準仕様を策定している国際電子出版フォーラム(International Digital Publishing Forum/IDPF)が 「EPUB 3.0」の仕様を公開しました。
EPUB 3.0は文芸書だけでなくコミックや雑誌、教科書、新聞、事典など多様な 電子書籍フォーマットとして、その利用価値が高いといわれている国際的な フォーマットです。
この仕様は縦書き、ルビ、禁則処理など日本の書籍に無くてはならない要素を 含んだ仕様で、あるいは皆さんがこの記事を読む頃には正式版が公開されている かも知れません。
電子書籍のフォ-マットにEPUB 3.0を採用しても異体字・外字の問題が無くなる わけではありませんが、この問題をスマートに解決する道筋が提案されている ようです。
盛り上がってきた電子書籍の機運ですが、今度こそ本物であって欲しいものです。

*1:運営母体は電子文庫出版社会です。電子文庫出版社会は角川書店、講談社、光文社、集英社、新潮社、中央公論新社、徳間書店、文藝春秋の8社に    よって設立されました。2010年2月に電子文庫出版社会が母体となった一般社団法人日本電子書籍出版社協会が設立され、現在は電子文庫パブリも同協会が運営しています。
*2:標準の字体と同じ意味や発音を持つけれども字体が異なる文字のことです。「斉」に対する「齋・齊」、「辺」に対する「邉・邊」などはその一例です。コンピュータで利用できる文字の集合を工業規格や国際標準で定めています。 この文字の集合に登録されていない文字のことを外字と言います。外字は絶対的なものではなく相対的なもので文字セット(規格)によって外字は変わります。

タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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  著者 Information

著者
ダイナコムウェア コンサルタント
mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。
1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。
設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、
総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。
1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。
Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・
フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。
現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
Blog:mk88の独り言

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