連載コラム
2020年09月04日

ぬらくら 第113回「送ることば」

今も大切にしている小さなノートがあります。

表紙は茶鼠色で、中央に姉と弟と思われる着物姿のこけしの絵と “Autography of memory” の赤い文字が置かれ、その周りを薄緑色の四葉のクローバーが囲っています。

今もそんな習わしが続いているのかは分かりませんが、小学校を卒業する時に、児童がそれぞれで用意した小さなノートに、校長をはじめ在籍している先生たちから、卒業への花向けのことばを書いてもらうのでした。さしずめ「送ることばノート」です。

書かれたことばと一緒に日付けが残されているページがあり、その日付けはどれも3月25日となっているので、この日が卒業式だったのでしょう。
式の前後にノートを持って教員室に向かったようです。

ノートには次の二十三のことばが先生の名前とともに記されています。

そのほとんどがブルー・ブラックのインクなので万年筆によるもの思われます。
三人の先生が墨書で、短いことばに力が加わっています。三人とも男の先生です。
一人だけサインペンで書いた先生がいます。
その裏側のページに書かれていたメッセージは染み出したサインペンの黒色のおかげで読み難くなってしまいました。

児童の顔を見ながら書かれたと思われるページ、先生自身が信条としていることばを児童のために記したと思われることば、残されたページからはそんな違いも伝わってきます。

『同じ石に二度つまづくな ー和田 清(校長)ー』
『おほりのこいが言ったとさ 君らは卒業するけれど 私はお堀が出られぬと ー大山(担任)ー』
『強く正しく ー直井ー』
『祈 健康 願 努力 ー阿部みやー』
『元気でがんばりましょう ーMatuoー』
『たのしかりし 夢のかけらをつぎあわせ 別れゆく児の 幸を祈りぬ ー横谷智子ー』
『お元気に いつまでも ー田中順吉ー』
『よく学び よく遊べ ー松戸ー』
『祈健康 ー辻ー』
『元気に お送り下さい ー野口リンー』
『努力 ー川島ー』
『人の長とならなくても 社会の歩みの中に おくれをとらず 歩調をあわせて いけるように ー篤 照子ー』
『度胸 ー原田ー』
『たけの子のびろ てんまでのびろ ー五味ー』
『このよろこび この希望 いつまでも ー宮澤ー』
『一層の努力を 期待致します ー黒澤ー』
『いつも全力をつくして ー末弘栄作ー』
『時間は全ての富にまさる はげめその日その日を ー山口 哲ー』
『健康で明るくおおらかに 幸をお祈りいたします ー柴崎ー』
『少年の夢と希望を いつまでも失わないで下さい ー山口喜久子ー』
『御幸福を祈ります ー丸山 周ー』
『明日ではおそすぎる ー上条ー』
『正直な人に 誠実な人に 努力する人に ー山上昭三ー』

校長の『同じ石に二度つまづくな』は良いことばですが、原典は古代ローマの哲学者キケロの「同じ石で二度つまずくことは、世間の物笑いになる恥辱である」のようです。

十二歳の少年に送ることばにしては「健康」と「努力」が目立ちます。半世紀をはるかに超えるあの頃は、そんな時代だったのでしょう。

残るノートの三分の一ほどは空白で何も書かれていません。

成人して引越しでもするときだったか、このノートを開く機会がありました。
何気なく裏表紙から開いたところ、最後のページに鮮明な青インクで書かれていたのが次の小文です。

正直でかげひなたのない
誰にもすかれる
努力する人になるやう
たとえどんな苦労に出あっても
決して負けてはいけない
強く正しく何処までも
進んで行きなさい
健康に注意して

これを読んだ時にウルッとしたのを覚えています。
最後の行には『母』とだけ記されていました。

タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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ダイナコムウェア コンサルタント
ダイナコムウェア株式会社
コンサルタント
mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
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