ダイナフォントストーリー

カテゴリー:ダイナフォントストーリー
2020/06/09

「文字」に尽くす、書体デザイナーという生き方

ダイナコムウェア 書体デザイナー:新海 真司

「文字」に尽くす、書体デザイナーという生き方:ダイナコムウェア 書体デザイナー:新海 真司
 
 
フォントを開発・販売するフォントベンダーでは、実際にどんな仕事があり、どんな人間が働いているのか、まだまだ世間の皆さまに認知されていない部分もあるかと思います。
まずはフォントベンダーにとって要であるフォントをデザインする書体デザイナーについて知っていただきたく、2020年6月5日にリリースとなる「UD明朝体」などのかなを担当するダイナコムウェアの書体デザイナー新海 真司に密着して、書体デザイナーという職業や理想とする書体デザインなどについてインタビューを行いました。


 
ー本日は、よろしくお願いします。まずはフォントベンダーである「ダイナコムウェア」へ入社した志望動機から教えていただけますか。
元々、ボクは台湾への留学経験や、現地で働いていた経験を活かせればと思い、中国語を必要とされて、なおかつデザインを仕事にしていた経歴から、デザインに関係する仕事はないかなと探していたのですが、自分自身ガーッと根を詰めてしまうところもあり、労働体系などを含めてデザインワーク自体に少し弱気になっていて、現場で戦っていらっしゃるデザイナーさんを支えるような仕事を希望していました。
当時、ダイナコムウェアではWebフォントサービスの「DFO」の立ち上げを行っており、そのブリッジSEを募集していたのですが、ダイナコムウェアという会社は主な書体デザインや製品開発を台湾で行っているので、中国語を活かす事もできるし、自分の希望にとてもマッチしていると感じたのが志望動機です。

ーそうですよね。入社から数年間はWebフォントのブリッジSEとして働いていましたよね。それからの経緯というか、書体デザイナーとして働くようになったきっかけ、また、何故書体デザイナーを志したのか、その理由を教えていただけますか。
昔からフォントは好きだったのですが、入社して暫く書体デザイナーになりたいということは頭の中にありませんでした。
ブリッジSEとして営業と制作会社を回っていくと、現場のデザイナーさん達に「ダイナフォントはここをこうしたほうがいいよね。」といった声をいただくことがあり、ボク自身『良い書体ってなんだろうなぁ』と考えることが多くなっていきました。そんな折りに、「文字をつくる仕事」という一冊の書籍に出会いました。書籍の内容は話が脱線してしまうので少し省略しますが、行を追うごとに目の前に故郷の原風景が瞼に浮かんできて、そのすべてにシンパシーを感じたというか、魂が震えました。
その書籍の著者である鳥海修先生は「文字塾」という、一年をかけて自分の平仮名、片仮名を作り、フォント化して、その成果を展示会で発表するという塾を主宰されていることから、自分もこの塾に入って、良い書体とは何かを模索してみたいと思うようになりました。
ボクは小さい頃から割と文字を上手く書けるほうで、それに加えて、プラモデルやバイクといった工具をつかった手先の器用さを求められることも大好きでした。
そういう趣味嗜好もあって、実際に文字塾に入ってレタリングや筆を使用して文字を書くといった書体制作で行う工程を苦痛に感じることがなく、却ってとても楽しく感じて、『これが仕事だったらどんなに良いだろうか』という思いを抱いていきました。
ただ、そんな願望とは裏腹に書体のデザインについては、まだまだ素人同然だったので「文字塾」で鳥海先生のもとで学ばせていただく2年間に、書体デザイナーを志す上での明確な目標みたいなモノを自分の中で設定しました。
1年目は徹底的に自分の中に基本を叩き込むというか、型のようなものを作ることを念頭に置きました。俗に良いと言われる本文用書体の骨格であったり、大きさとか太さ、そういったモノを徹底的に調べ、その中間的であろう文字を作ることにしました。先生の指導のおかげで、なんとなく外しはしないであろう文字みたいなのがほんのちょっぴり分かった気がしていたんです。今思うと恥ずかしいのですが、実は分かった気になっていただけで…。
2年目はもう少し自分の内に踏み込んだ書体を作ろうとしたのですが、思うようにいかず恐ろしく苦労しました。
ただ、2年目のその苦労があったから、『もっとやりたい、もっと知らなければいけないことあるなぁ』というふうに感じられたのではないかと思います。今思うと1年目の終わりに感じたちょっぴり分かったと思ってしまった自分が浅はかで嫌いですね。

ーなるほど。鳥海修さんの「文字塾」を通じて書体のデザインについて学んでいったんですね。先生という表現からも師匠という感じが伝わってきます。書体デザインを学び、実際にデザインする中で、書体に対する意識など変化した部分もあったんではないですか。
文字に対する朧気な造形について、少しはっきりしたんじゃないかなとは思います。どういうことかというと、デザイナーさんなどが書体を使っていて、なんとなく「この字は嫌だな」という字は絶対あると思うんです。それをどうしたらより良い造形にできるかを考えていく力が養われた気がします。
それでも、まだまだ全然わからないのですが、そのどうしたらより良くできるかという『日々文字について考える』、また、日々の研鑽の上に成り立つという姿勢を傍目からですが、教わりました。「文字塾」について振り返ると、書体デザインの技術はもとより、文字に向き合う姿勢を一番学んだと思います。
ホントは、これから先も色々とご指導ご鞭撻をお願いしたいところなんですが、現在では、それも難しくなってしまいました。しかし当時、ボクには「文字塾」の塾生という大義名分があったので「いろいろ教えてください!」とお願いすることができました(笑)。それが結果的に商売敵を増やしていくことになるのに他ベンダーの人間であっても分け隔てなく指導してくれ、後進として育成にあたっていただいたことに、ただただ感謝しか出てきません。

ー普段から明朝体やゴシック体に関して、他社の書体を含めてすぐに書体名を言い当てているのをみて感心していたのですが、やはり1年目に徹底的に調べた経験によるものですか?
正直言うと分からない書体もあります。ただ、そういう書体はすぐ調べるようにしています。そうして何回も調べることで自然と覚えることができますので。あとは特徴的な文字だけを覚えている書体もあるので、あんまり見分けがつかないカタチの一文字同士だと分からない書体もたくさんあります。

ー文字塾の2年目でもものすごく苦労したとおっしゃっていましたが、書体をデザインする上で苦労している点や心掛けている点があれば教えていただけますか。
書体によって、注意点や気をつけるところ、その許容範囲は違うと思いますが、総じて言えることは無理がある線を作らないことですね。あとは〝自然に見えること〟です。ただこの自然に見えるというのが、人によって違うようで、同じようで、なかなか難しく苦労している点でもあります。

ー晴れて念願の書体デザイナーになったその1日の仕事の流れをみると、「作字」、「組みテスト」、「調整」を繰り返すという、まさに『文字尽くめ』の毎日となりましたが、実際にその中で煮詰まることはないんですか。もし、煮詰まった時などの息抜きや気分転換の方法があれば教えていただけますか。
煮詰まることはありますが、それも楽しいというか、いろいろ気分的に溜まっていると、墨を摺って、毛筆で実際に何かを書くことで、気持ちが落ち着きます。 会社では「文字塾」の冊子をみて、文字塾生が頑張ってるということを励みにしています。良師益友といいますし、「文字塾」での日々が自分の糧になっています。 あとは愛車のカブでいろいろなところにトコトコ行くのが好きです。

ーちなみに単純に好きなダイナフォントってありますか?
自社の書体でいうと、「痩金体」が好きですね。徽宗皇帝の楷書の書体で細いんですけど、しなやかな線質で且つ力強くて、真似して書いたりするんですけども、どうも厭らしくなってしまいます。ボクは、この書を見たときに、故郷のいてつく冬の晴れた朝の、あのキンとして凛とした風景を思い浮かべます。この書体、けっこう京都に行くと目にするんですけど、上手く使われていると、おもわずニヤけちゃいますね。

ーダイナコムウェアでは、書体をチームでデザインしていく形ですよね。「漢字」を台湾の書体デザイナーが担当し、「かな」を分担される中で感じていることはありますか。
今のところ担当した書体がまだ1書体もリリースされていませんが、正直にいうと重責を感じています。また、ときどきチームで書体をデザインしていることがふと何処かに行ってしまうこともありますが、AJ-6の書体は文字数も果てしなく1人でデザインすると何年もかかりますし、まず終わりませんので、チームで書体を作っているということを意識していくことが大事だと思います。
また、漢字が主でかなが従の関係において、漢字は一文字で意味を成しますが、かなは連なって初めて意味を成します。然しながら日本の版面は、字種が混ざり合って成り立っています。ダイナコムウェアで、かなを分担している以上、文化の違いのすり合わせみたいなことも肝要だと思います。

ーまだ、担当した書体がリリースされていないと話が出ましたが、6月5日に「UD明朝体」のリリースされました。そこで自身が担当した「UD明朝体」のかなのデザインについてお話など教えていただけますか。
ボクは途中からプロジェクトにジョインしたのですが、漢字は「平成明朝体」を意識したつくりをしていますが、かなの太い方は元々途中まで出来ていたものの修正を担当しました。見出しでの横組みで、且つそこまで多くない文字数での使用を想定し、横のラインが出るように作っていて、また小さくすると細く切れそうな線を直しています。
細いウェイトに関しては最初から担当し、太いウェイトと共通する考え方の部分もありますが、用途が違うことと、ボクの場合、実際に書いたほうがわかりやすいので、細い方は書いて作りました。結論を簡潔にすると、カウンター広め、字面大きめ、本文、縦横両方とも使えて、細い線が消えず、チラつかないようにあまり抑揚をつけずに作っています。
ただ、当初フトコロを広く且つ字面は大きめという版面イメージがイメージ出来なくて、「平成明朝体」の作者である小宮山博史先生の師匠である佐藤敬之輔さんが作った「平成明朝体」の先祖的な書体「RM1000」という書体なども少し参考にしながら、イメージを膨らませたりしました。細い方は大きめですが、ギリギリ縦でも使える大きさだと思います。
また線質に関しては、「平成明朝体」の硬く幾何学的な線質より、柔らかさを意識して作りました。硬い線質はチクチクして目が痛くなりがちなので、すこしのっぺりさせています。

ー新海さんにとって「良い書体」とは何か教えていただけますか。
それをいつも考えていて。すごく難しい質問なのですが、「自然」であることかなぁと思います。そう思っていたら、小宮山博史先生のこの冊子に同じことが書いてあって、嬉しかったのを覚えています。
なにがどう自然なのかというと、いまある書体はいきなり一朝一夕でできたものではなく、伝統的な品質向上に人生を賭した先駆者の積み重ねの連続によって発展してきた歴史があって、それらの文字は今までの書体を享受する人々の中に、みんなの中に文字の記憶みたいのが残っていると思います。その誰しもが持っている美しい文字に対する感覚が自然であることにつながるのかなと思っています。

ー最後になりますが、これからデザインしてみたい書体など、今後の目標があれば教えていただけますか。
明朝体ですといいたいところですが、個人的にはまだまだ足りないと思っていて、今担当している書体、これから担当するであろう書体で手一杯です。それらに日々精一杯全力で向き合い続けるだけです。
目標は、ユーザーのみなさまに良い書体を届けられるように、日々の鍛錬であったり、文字について考えたりをし続けることかなと思います。

ー本日はありがとうございました。

今回、インタビューした新海 真司かな担当による「UD明朝体」が、2020年6月5日にダイナフォント年間ライセンス「DynaSmartシリーズ」のアップグレードにて新収録となりました。

「UD明朝体」は、ユニバーサルデザイン(UD)をコンセプトとして視認性と可読性を高め、細部まで親しみやすいデザインにすることで、高齢者や弱視(ロービジョン)の方々を含めて全ての人が読みやすいように開発された美しい明朝体です。
はっきりと判別できるという原則のもと、明朝体らしい美しさを出しつつ可読性を向上させるため、ふところをバランスのとれた比率で拡大し、漢字本来のメリハリが崩れないように調整を行っています。
また、新海が担当したかなでは、落ち着いた雰囲気とシンプルな筆画や、角に丸みを付けた漢字のデザインに合わせたほか、日本語の母語話者が、かなに抱くイメージや文字を見る時の習慣に基づいて修正を繰り返していくことで、機能的なUDフォントを見た目にも自然で心地よいデザインに仕上げられています。
6種類のファミリーにより、大型のキャッチコピーや見出しから本文の小さな文字、印刷物からディスプレイ表示まで様々なシーンで幅広くご活用いただける明朝体になっています。


〇「UD明朝体」DynaSmartシリーズ収録情報
・すべての人に読みやすく美しい「UD明朝体」6書体を6月5日から「DynaSmart V」に提供開始
・「UD明朝体」「金剛黒体新3言語」など57書体を6月5日から「DynaSmart V」に提供開始

〇「UD明朝体」について掘り下げた詳細記事
DynaFont PICK UP書体-UD明朝体  

「UD明朝体」を皮切りに今後も彼の書体デザインがダイナコムウェアからリリースされていく予定です。
どうぞ、書体デザイナー・新海 真司のこれからの活躍にご期待ください。
 
〇書体デザイナー 新海 真司の1日の流れ


〇新海 真司作書体 「みみずく」
「みみずく」は、新海が鳥海修氏が主宰する「文字塾」在籍時にデザインした本文用書体です。「タイプデザインコンペティション2019」で入賞しています。現在、リリースの予定はありません。

〇新海 真司が持つ蔵書ラインナップ文字尽くめの新海ならではの書籍のラインナップです。今回、撮影したモノは彼が抱える蔵書の一部となります。

〇新海 真司の書体デザイン道具上記が新海が書体デザインを行う上での仕事道具となります。

〇文字塾冊子新海は文字塾の冊子を励みに、毎日、文字と向き合う日々を過ごしています。

痩金体
「痩金体」は中国宋朝の皇帝徽宗が創り出した歴史ある書体で、細く力強い線と金属的な尖ったはねが特徴の書体です。ダイナフォント「痩金体」は、その書風にデジタル技術を融合させる事で伝統性と芸術性を併せ持った書体へと進化させました。芸術展覧会のポスター、招待状、高級レストランのメニュー、包装紙などにオススメです。
痩金体 Win版はこちら
痩金体 Mac版はこちら


UD明朝体W2

ダイナコムウェア 書体デザイナー新海 真司Profile
ダイナコムウェア 書体デザイナー新海 真司
Profile●1985年生まれ。長野県出身。Web制作会社を経て、フリーランスとして日本および台湾で活動後、ダイナコムウェアに入社。ブリッジSEとして当時、開発中だったWebフォントクラウドサービス「DynaFont Online」チームと合流し、同サービスのリリースから運用まで携わる。その傍ら、鳥海修氏が主宰する「文字塾」にて書体デザインを学び、「タイプデザインコンペティション2019」では本文用書体で入賞を果たす。
現在、ダイナコムウェアの書体デザイナーとして「かな」を担当し、2020年6月5日には自身が担当した「UD明朝体」がリリースされる。
写真は新海が故郷の風景を撮影した一枚。

   More Information