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カテゴリー:連載コラム「ぬらくら」
2020/05/01

ぬらくら第109回「デルス・ウザーラ」

羅生門(1950)、七人の侍(1954)、用心棒(1961)といえば世界の映画人に大きな影響を与えた映画監督、黒澤明の代表作です。

黒澤監督の作品は姿三四郎(1943)、醉いどれ天使(1948)、野良犬(1949)、蜘蛛巣城(1957)、隠し砦の三悪人(1958)、椿三十郎(1962)、赤ひげ(1965)、影武者(1980)など、どれもよく知られたタイトルばかりですが、その中に混じって異色ともいえる一作があります。

1975(昭和50)年にソビエト連邦に監督として招かれ、シベリアに赴いて撮影・公開された映画「デルス・ウザーラ」(* 1) がそれです。

この作品には原作があります。

ロシア人探検家のウラジミール・アルセーニエフ (* 2) は二十世紀初め、政府から、当時ロシアにとって地図上の空白地帯だったシベリアのシホテ・アリン(* 3)山脈一帯の地図を製作するようにとの命を受けます。
シホテ・アリン山脈は日本海を挟んで北海道のちょうど西側、ウラジオストクから北に伸びている山脈です。

アルセーニエフは1902(明治35)年から数回にわたって探検隊を組織し、同地方のタイガ(森林)を探検・地誌調査し「ウスリー地方探検記」(* 4)、「デルス・ウザーラ 沿海州探検行」(* 5)、「シホテ・アリンの山中にて」(* 6)、「タイガを通って」(* 7)の4冊の探検記を著します。

この探検行でアルセーニエフはシホテ・アリンの原生林で、この地方の先住民ゴリド族の猟師デルス・ウザーラに出会い、彼に探検のガイドを依頼します。
アルセーニエフはデルス・ウザーラと行動を共にするうちに、原始的であるはずのデルス・ウザーラの生き方に強く心を捉えられます。

映画「デルス・ウザーラ」は「ウスリー地方探検記」と「デルス・ウザーラ 沿海州探検行」に残された過酷な沿海地方シホテ・アリンの原生林探検行と、アルセーニエフとデルス・ウザーラの1902年からの10年間の交流を描いた作品です。

この映画が公開された1975(昭和50)年に「ウスリー地方探検記 」と「デルス・ウザーラ 沿海州探検行」からデルス・ウザーラに関する部分を抜粋・抄訳した「デルス・ウザーラ」(* 8) も刊行されています。

この映画で強く印象に残った部分を簡単にご紹介します。( )内は演じた俳優です。

1902年の秋、地誌調査のためにコサック兵六名を率いてウスリー地方に入ったアルセーニエフ(ユーリー・ソローミン)は川の畔に野営したある夜、藪の中から出てきてコサック兵に熊と間違えられたデルス・ウザーラ(マクシム・ムンズク)に出会います。

鹿のナメシ皮のジャケットとズボンをつけたデルス・ウザーラはアルセーニエフに問われるまま、天然痘で妻子をなくした天涯狐独の猟師で、家を持たずタイガの中で自然と共に暮らしていると、片言のロシア語で自らを語ります。年齢を聞かれても自分が何歳になったのか分からず、ただ『長く生きてきたよ』と答えるばかりです。

ある日、アルセーニエフとデルス・ウザーラはハンカ湖付近の調査に出かけます。 そこで気候が急変し二人は迫りくる夕闇と横なぐりの吹雪に襲われます。

デルス・ウザーラはアルセーニエフに大急ぎで周囲の枯れ草を刈り集めることを命じ、 自身も厳寒に耐えながら草を刈り続けますが、アルセーニエフはあまりの寒さと疲労のために意識を失ってしまいます。

地吹雪が収まった翌朝、アルセーニエフはデルス・ウザーラが枯れ草と測量機を載せた三脚で作った小屋の中で意識を取り戻し、凍死を免れたことを知ります。
周囲に遮るもののない、見渡す限り凍りついたハンカ湖畔で、デルス・ウザーラが見せた サバイバルのための知恵にアルセーニエフは、ただただ畏敬の念を抱くばかりです。

そして、アルセーニエフが初めてデルス・ウザーラに出会ってから五年後の1907年、ウスリー地方のタイガを再訪したアルセーニエフはそこでデルス・ウザーラに再会します。
デルス・ウザーラはその頃から自身に忍びよる老いと、急速に衰えてゆく視力に、タイガで生活を続けて行く事に不安を持ち始めます。

そんなデルス・ウザーラが、ある日、タイガの奥深くアルセーニエフと探検隊をサポートして先頭を行くと、藪の向こうにいるアンバ(ウスリーの虎)に出会います。彼はしばらくは大声でアンバに立ち去るようにと声をかけ続けます。
しかし、アンバはなかなか立ち去ろうとしません。そんなアンバに向けてデルス・ウザーラは思わず発砲してしまいます。
銃弾はアンバに当る事はなく、アンバは何事もなかったかのようにタイガの奥に姿を消します。

普段からアニミズム (* 9) と共に生きるデルス・ウザーラはアンバに向けて発砲したことに強い罪悪感を持ちます。
そして森の精が彼を罰して命を取りに来ると言う恐怖に取り憑かれます。
アルセーニエフがあれほど信頼を寄せていたタイガの達人も、やがて自らの衰えを受け入れなければならない時がやってきます。

このことがあって以来、デルス・ウザーラはアンバの幻影に苦しめられ、視力もさらに衰えて猟ができなくなります。
このままでは密林に住むことは許されないと自ら判断したデルス・ウザーラは、アルセーニエフに誘われるまま彼の家で暮らし始めます。

しかし、街での暮らしに馴染めないデルス・ウザーラは、自らアルセーニエフの家を出ることを決意し、アルセーニエフから選別にもらった最新式の銃と共に森に戻ります。

この最新式の銃が仇となり、デルス・ウザーラは行きずりの強盗にその銃を奪われた上、森の近くで他殺体となって発見されます。

話はデルス・ウザーラから離れます。

ウラジオストクにはアルセーにエフの名を冠した「アルセーニエフ沿海地方州立博物館」があります。
そこには中国・明朝の支配がアムール川下流域まで及んでいたことを示す「奴児干(ヌルガン)永寧寺碑」が収蔵されているそうです(ヌルガンはアムール川下流地域のこと)。

十五世紀初頭、明の永楽帝(在位 1402 - 1424年)は現在のニコラエフスク・ナ・アムレの西に奴児干郡司を設置します。
郡司の長官(女真人/満州族)は、山の上に寺院を建てて、その経緯を記した石碑を設置します。

石碑の表面には漢字、裏面には女真文字、側面には漢字・女真文字・パスパ文字・契丹文字が彫られているそうですが、この石碑、一度、見てみたいものです。

黒澤明の映画「デルス・ウザーラ」に戻ります。

過酷な沿海地方シホテ・アリンの原生林や凍りついたハンカ湖周辺が見せる自然の厳しさ、その過酷な自然の中で生き抜くデルス・ウザーラの知恵、そしてデルス・ウザーラとアルセーニエフのそれぞれが生きる世界を超えた交流、黒澤明の異色作「デルス・ウザーラ」は忘れていたものをいろいろと思い出させてくれる作品で、一見をお勧めします。

ぬらくら子の手元にあるDVDになった映画「デルス・ウザーラ」は日本語スーパーインポーズ (* 10) が入った ODESSA 版です。


前編、後編に分かれた YouTube 版 (* 11) もあります。
音声はロシア語ですが、動画を全画面表示にすると画面下部に英文のスーパーインポーズが表示されます。


* 1) 映画「デルス・ウザーラ」
1975年に「モスクワ国際映画祭 大賞」と「アカデミー賞 外国語映画賞」を受賞している

* 2) ウラジミール・アルセーニエフ(1872 - 1930)
サンクトペテルブルク生まれ。極東ロシア地域の探検家、研究者、諜報官、地理学者、民族誌学者、作家。
シベリア植物の数多くの種を書き記した最初の人物であると言われている(Wikipediaより)。

* 3) シホテ・アリン
シホテ・アリニと表記されることもある

* 4) ウスリー地方探検記
大道武敏訳、満鉄調査部 1940年刊

* 5) デルス・ウザーラ 沿海州探検行
長谷川四郎訳、平凡社 東洋文庫 1965年刊

* 6) シホテ・アリンの山中にて
満洲鉄道 調査部翻訳・出版(刊行時期不明)

* 7) タイガを通って
田村俊介訳、平凡社 東洋文庫 2009年刊

* 8) 抜粋・抄訳した「デルス・ウザーラ」
加藤九祚訳、角川書店 角川文庫 1975年刊

* 9) アニミズム
生物・無生物を問わず、すべてのものに霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方。

* 10) スーパーインポーズ

映画のスーパーインポーズは「デルスウ・ウザーラ」と表記している

* 11) YouTube 版
前編:https://www.youtube.com/watch?v=bp2ihvch45k
後編:https://www.youtube.com/watch?v=HVobfdjETew

タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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ダイナコムウェア株式会社
コンサルタント
mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
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