ぬらくら第107回 「姓名のローマ字表記」
持っていないと伝えると返ってくる『作りますか?』の言葉に、何も考えずに(何か得になるのだろうとの期待から)その店のポイント・カードを作ってもらっていました。
これまで店の言いなりで作ってきたポイント・カードがキャッシュ・カードやクレジット・カードと一緒になって財布に入りきらなくなり、財布とは別に厚手のカード入れを持ち歩く羽目になってしまいました。
カード入れの中には、作ったときの一度しか利用していないポイント・カードや、どこで作ったのか分からないカード、いつ作ったのか分からないスタンプ用のカードも入っています。
全く使っていない銀行のキャッシュ・カード(残高僅少)、同じクレジット・カード会社のマークが付いているカードも複数あります。
思い切ってカードの断捨離を敢行しました。
持っているカードを全部床に並べて、その中から使用頻度の低いポイント・カードやクレジット・カード、銀行のキャッシュ・カードの廃棄です。もちろんクレジット・カードやキャッシュ・カードは解約手続きが先です。
床に並べたカードの中に、姓名が記載されているカードと記載されていないカードがあります。
記載されているカードはキャッシュ・カードとクレジット・カード、記載の無いカードはポイント・カードやスタンプ・カードです。
記載されている姓名の表記もカードによって違います。
キャッシュ・カードは全てカタカナで「姓-名」の順で、クレジット・カートは全てローマ字、それも大文字で「名-姓」の順に、姓と名が逆に表記されています。
小学校高学年になって「ローマ字」の授業がありました。
ローマ字用のノートは四本の線が(下から二本目の線は他の線よりも太く)五線紙のノートのように印刷されています。
このノートでローマ字の活字体や筆記体を練習します。初めてローマ字で自分の名前を書いたときは、それだけで英語に近づいた気分がして何かしら誇らしい気持ちになったことを覚えています。
このときに姓名をローマ字書きするときは名が先、姓は後、と教えられました。
以来、姓名のローマ字書きは「名-姓」の順です。
ローマ字で姓名を表記するときは名を先に書くことは当たり前なことだと思っていました。
もう大分経ちますが『姓名をローマ字で表記するときも、日本語で書くときと同じように「姓-名」の順で書くようにしましょう』という記事を目にしたことがあります。
なぜ?
『姓名をローマ字で表記するときも、日本語で書くときと同じように「姓-名」の順で書くようにしましょう』は一体、誰がどこで言い出したことなのか、どこかに参考になる資料がないかとインターネット上を探したら見つかりました。
平成12(2000)年の文化庁国語審議会への答申の中にありました。
平成12年12月8日付けの文化庁 第22期 国語審議会への答申の中に「国際社会に対応する日本語の在り方」として「(1) 姓名のローマ字表記の現状 (* 1)」と「(2) 姓名のローマ字表記についての考え方 (* 2)」がそれです。
この答申の「(1) 姓名のローマ字表記の現状」を見てみましょう。
冒頭、次のように書いています。
『日本人の姓名をローマ字で表記するときに、本来の形式を逆転して「名-姓」の順とする慣習は、明治の欧化主義の時代に定着したものであり、欧米の人名の形式に合わせたものである。
現在でもこの慣習は広く行われており、国内の英字新聞や英語の教科書も、日本人名を「名-姓」順に表記しているものが多い。
ただし、「姓-名」順を採用しているものも見られ、また、一般的には「名-姓」順とし、歴史上の人物や文学者などに限って「姓-名」順で表記している場合もある。
欧米の報道機関等では、日本人自身の慣習を反映して「名-姓」順で表記することが一般的である。』
ここには「姓-名」の順で書きましょうとは書かれていません。
答申の「(2) 姓名のローマ字表記についての考え方 」を見ると、後半部分に次の記述があります。
『国語審議会としては、人類の持つ言語や文化の多様性を人類全体が意識し、生かしていくべきであるという立場から、そのような際に、一定の書式に従って書かれる名簿や書類などは別として、一般的には各々の人名固有の形式が生きる形で紹介・記述されることが望ましいと考える。
したがって、日本人の姓名については、ローマ字表記においても「姓-名」の順(例えばYamada Haruo)とすることが望ましい。
なお、従来の慣習に基づく誤解を防くために、姓をすべて大文字とする(YAMADA Haruo)、姓と名の間にコンマを打つ(Yamada, Haruo)などの方法で、「姓-名」の構造を示すことも考えられよう。』
ぬらくら子が仕事を通じて交換した名刺を見てみました。
1500枚ほどの名刺を整理して収めてある名刺ホルダーの中から、適当なページを開いてはローマ字表記の姓名を確認してみました。
名刺ホルダーのどこを開いても、そこにあるローマ字表記の姓名は「名-姓」の順で表記されているものばかりです。
明治以来150年になんなんとする慣習は間違いなく今日まで続いています。
ローマ字書きの姓名が答申にあるような「姓-名」の順で表記されている例は、我が名刺ホルダーの中には見当たりませんでした。
ついでに、仕事柄つきあいの多い中国、韓国の人達と交換した名刺のローマ字表記の氏名も確認してみました。
中国の官公庁に勤務している人達の名刺は全て「姓-名」、ところが、中国の企業に勤務している人の名刺のうち、中国人は「姓-名」なのに、同じ中国企業に勤務している日本人の名刺は「名-姓」です。
韓国の企業に勤務している人達の名刺は姓と名の間にコンマを入れた「姓-名」表記が多く、「名-姓」と表記している名刺もかなりの数が混じっています。
台湾、香港は「通称名-姓」です。通称名というのは本名とは別に欧米由来の名前を通称にすることで、"Alice" とか "Alex" など自分で好きな名前を選んで「Alice Zheng」のように表記しています。
最後に、パスポートはどのように表記しているのか確認してみました。
ぬらくら子が持っているのは2018年に更新したパスポートですが、ローマ字による姓名の表記は「名-姓」の順です。
姓名のローマ字表記が、日本語表記と同じ「姓-名」と表記されることが当たり前になる日は来るのでしょうか?
【参考資料】
* 1) (1) 姓名のローマ字表記の現状
https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kakuki/22/tosin04/16.html
* 2) (2) 姓名のローマ字表記についての考え方
https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kakuki/22/tosin04/17.html
タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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コンサルタント
mk88氏
PROFILE●1942年東京都生まれ。1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
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