隈取筆から生まれた筆文字書体「松月虹」 誕生秘話
「松月虹」デザイン レタリングデザイナー渡辺美里氏インタビュー
レタリングデザイナー渡辺美里氏
「松月虹」の作者である渡辺美里氏はレタリングデザイナーとして、ロゴやタイトルなどの商業用の文字制作を中心に活動している文字デザインのスペシャリストです。 このたびダイナフォント2019年新書体としてリリースが決まった「松月虹」のデザインを中心に、文字のデザインに関して渡辺美里氏にインタビューを行いました。
子供の頃から文字を書くのが好きで、小学3年生から書道教室に通い始めました。大学でも書道を専攻しており、書道歴は20年以上になります。また、芸術としての文字以外にも、もっと社会で生きる文字を書きたいと、当時から文字のデザインの勉強もしてきました。その後、社会人になって書道の仕事と並行して、商業用の手書き文字をデザインする仕事全般を手掛けるようになっています。書道とレタリングでは根本的な考え方は異なりますが、両方ともとても楽しくやりがいがあります。
普段はどのように文字を練習していますか。文字を書く事に関して難しいと思うことがあればお聞かせいただけますか。
朝起きると仕事の前に1時間程、自由に文字を書いています。仕事で書く文字には同じオーダーは1つもないため、1つ1つがスキルアップにつながっています。 文字によってはどうしても遊びがきかない表現を出しにくい文字もありますので、普段から落書きのように遊びながら書くなど、とにかく文字をたくさん書くことで表現力を磨き、多くの引き出しを持てるようにしています。これはクライアントの要望を的確に捉えるためにも必要なことだと思っています。
お好きな書風、また、ご自身の文字に影響を与えた書道家やデザイナーはいらっしゃいますか。
好きな書風は楷書と行書になります。今回の「松月虹」は、その2つの中間を目指して可読性に優れた文字を心がけデザインしました。
もちろんキレイな作品などを鑑賞したり、本を読んだりする機会もあるのですが、誰かに影響を受けたというよりは自分自身のインスピレーションや、その時の筆の調子に従って文字を書いています。
様々なスタイルの文字をどのように書き分けてデザインしていますか。
また、良い文字を書くために心がけていることはありますか。
道具を変えたり、紙を変えたり、文字を伸ばしてみたり、縮めてみたり、太さを変えてみたりして、文字の見せ方を変えています。特に毛筆で書いた文字の方が表現の自由度が高いと思います。
良い文字を書くために部屋をキレイな状態にすることを心がけています。壁に文字を貼って確認したりするので、フラットな状態で作品を見るためにも大事なことだと思っています。もちろん筆や硯など、道具をしっかり手入れすることも大事です。
レタリングデザインで面白いエピソードなどありましたら教えてください。
レタリングデザインをするとき、あえて従来の書き順とは違う書き順で書いてみたり、筆を寝かせて書いてみたりすることで文字の動きや太さが変わり、遊び心がある文字が書けます。「松月虹」もそうした手法を用いてデザインした文字で、例えば「口(くち)」の文字も一番下から書きはじめたことで、開いている箇所に特徴が出た文字になっています。
中国語には「書(文字)は人なり」という言葉がありますが、ご自身をどのような性格だと思いますか。
一言でいえば八方美人でしょうか(笑)。例えば「優しい文字」とか「お年寄りの文字」、「男性的な文字」など、それぞれクライアントがオーダーしてくる文字に対して、その言葉のニュアンスを汲み取りクライアントが求める理想の文字を書きたいという意識が強くあって、書く文字と性格もそうなってきているのかなと思っています。
では「松月虹」についてお聞きします。「松月虹」は、コンテストのためにデザインされた文字でしょうか。
また、「松月虹」をデザインするときにどのように特長を出していかれましたか。
「松月虹」は、コンテストのために書き起こした文字です。
隈取筆(くまどりふで)を使用してデザインしています。隈取筆とは、ドングリの実の様な丸みのある穂先は墨や絵具等の含みが良くて本来描いた部分の墨や絵具をぼかすために使用する筆です。書道では、雀頭筆(JAKUTO HUDE)に近い筆です。この隈取筆を使用することで、通常の書道とは違う筆遣いができ、ぽてっとした感じや線の強弱など表現のバリエーションが豊かになるので、いつも商業用の筆文字を書く時に使用しており、コンテストでも使用しました。
「松月虹」のデザインにはどのような想いが込められていますか。
「松月虹」は、いわゆる厳格な書道の文字ではなく現代の筆文字を多くの人に体験してほしいという私の願望を表現した文字です。当時は筆文字のなかでも比較的丸っこい文字が多かったため、そうではない辛口の文字を書こうと思ってデザインしました。本来、仮名は麗らかな感じが得意なのですが、「松月虹」では、あえてそうしませんでした。
認性や判別性などの面で「松月虹」を調整されたことはありますか。
また、欧文や数字を毛筆で書く際にどのような筆遣いで書かれましたか。
本文組でも使用していただけるモダンな筆文字を目指して、20Qで組んだ際の線の太さを見て文字を調整していきました。
欧文や数字を書くときにカリグラフィーを取り入れて、文字に変化を加え特長を出しています。例えば「0(数字のゼロ)」の文字は2画で書いています。
デジタルフォント化にあたり、注意した部分を教えてください。
書道では半紙のツルツルした面に書く事が普通ですが、私の場合、普段はザラザラした面を使用して筆のもつ滲みや掠れを活かしてデザインしています。しかし、デジタルフォント化すると滲みや掠れによりフォントファイルが重くなり、アウトラインを取りやすい毛筆として見えるフォントを目指したので、ツルツルした面に書きました。当初の文字はアウトラインをとってみたら丸ゴシックのように見えてしまったので、ハネなどを加えて筆っぽくしました。
「松月虹」のデザインやそのデジタルフォント化への作業がその後の仕事面でプラスになったり、デザインに変化を与えたりといったことはありましたか。
「松月虹」はレタリングデザインの仕事の経験から着想を得て生まれた文字ですが、デジタルフォント化にあたっては更に多くの「松月虹」の文字を書く必要があり、書いている中でもっとこうしたら良くなるのではという気づきもあり、書き直しさせていただくこともありました。こうして文字を書いている途中で気づかされる部分や発見も多くあり、デジタルフォント化への経験はその後の仕事面においても私の中でとても貴重な財産となっています。
実際に完成したデジタルフォント化された「松月虹」について、ご意見などあればお聞かせいただけますか。
完成した「松月虹」を拝見して、元の文字からここまでキレイに調整していただけたことに感動しました。デジタルフォント化に携わったデザイナーさん達のご苦労を思うと感謝しかありません。私自身は平仮名の「ち」が一番のお気に入りです。皆さま、本当にありがとうございました。
「松月虹」がこれから市場に出ることについて現在のお気持ちをお聞かせいただけますか。
仕事柄、商業用の筆文字に対する需要が多い印象を受けており、いつかフォントを出してみたいと思っていました。
実際にフォント化された現在の心境はというと、嬉しさと緊張の半々ですが、本文組でも使えるように可読性を考慮した汎用性のあるモダンな感じの文字を意識してデザインしたので、本文組を含め色々な場面で多くの方に使ってもらえたら嬉しいです。
最後に、「書道」は一般の人にとって遠い存在であり古くから伝わる敷居の高い芸術という認識があるかと思いますが、ダイナコムウェアでは、「書道」のデジタルフォント化により多くの人に伝統的な書の美しさを感じてもらえるのではないかと考えています。こうした取り組みについてどのように思われますか。
先人たちの文字である「書道」から学ぶことは多くあり、大切な取り組みだと思います。同様に現代の私たちが書いた文字を伝えていく事も大切だと思っています。誰しもが文字という文化の中に生きており、文字がその人の個性を伝えていいきます。「松月虹」も現在の文字として、いろいろな使われ方を通じて、文字文化を伝える1つになれたら幸いです。
書体名:松月虹
ウェイト:W4
デジタルフォント化にあたり、手書きのタッチや柔軟性、文字の親しみやすさが失われないように、文字の特長を一文字ずつ細部まで観察し、原字からストロークを選ぶ際、「口」の収筆を閉じずにはね下す、右上がりの横画、はねを付ける、転折箇所に隙間を作る、といった「すっきりと洗練した」書体の印象を強調して、できる限り他の行書や楷書とは異なる、その独自性を引き出しました。
こちらは、「ダイナコムウェアフォントデザインコンテスト2013 毛筆部門」に応募され、最優秀賞を受賞した渡辺美里氏作「松月虹」の原字の一部となります。
普段、筆文字を書くときに使用している筆を見せていただきました。右側が「松月虹」を書いたときに使用した筆「隈取筆」となります。また、「京(きょう)」という文字の様々なパターンの筆文字を見せていただきました。
こちらは様々なパターンで書いた「さんずい」の筆文字となります。
インタビュー中、実際に筆文字を書いていただきました。変幻自在の筆さばきから、かわいらしさと美しさを備えた筆文字が流れるように書かれていく様に感動を覚えます。
Profile●東京都在住。国内外の企業、代理店を通じロゴ、タイトルなどのレタリングデザインを中心に製作。
URL:http://www.wtnb-brush.com