DynaFont PICK UP書体-松月虹
ダイナフォント2019年新書体「松月虹」
神々が集う瞬間、大地は深い眠りへと誘われ、
夜空に月虹が現れる。
松の木は月明りに照らされ、天を突き抜ける勢いで
空を見上げたまま、その場に立ち尽くす。
ひっそりと静まり返った夜に
強さと優しさが照らし出す幻の虹。
筆を変えたり、筆法や書き方を変えたりすると書のイメージが異なるように、伝統的な楷行書を換骨奪胎して「スタイリッシュさ」を取り入れる事で煌びやかで美しいイメージにすることができ、現代に相応しい剛柔併せ持つ優雅な姿が浮かび上がります。
では、松月虹という書体の裏側には一体どのような秘密が隠されているのでしょうか。フォントストーリーでその真相に迫っていきましょう。
松月虹は2013年に開催された「ダイナコムウェアフォントデザインコンテスト 毛筆部門」最優秀賞受賞作品から誕生した書体です。レタリングデザイナー・渡辺美里氏によるその作品は、伝統的な毛筆書体に相反する現代的なデザイン要素を取り入れられ2019年にダイナコムウェアによりデジタルフォントとしてリリースされました。
渡辺氏は、作品の中で行書と楷書をベースに自由自在な筆遣いで伝統的な行書や楷書の概念を変えた個性あふれる書風を生み出しています。絵を描く際に用いる「隈取筆」の使用や、半紙のツルツルした面に書くことで墨の入りにくさを利用して墨の滲みを抑えることなどの創意工夫には、毛筆らしさに加えて滑らかでしっかりとした筆画による洗練された現代的な雰囲気が感じられます。
渡辺氏は受賞後にデジタルフォント化のため、7,000字を超える漢字だけではなく、かなやアルファベット、数字、記号なども含めて一文字ずつ手書きしていきました。
デジタルと手書きの中間を目指したフォントデザイナーの技とは
渡辺氏の原字は完成度が高いモノでしたが、デジタルフォントが完成するまでには長い道のりが待っています。
フォントデザイナーはデジタルフォントとしてリリースするために、提供された原字から筆画を抽出して丹念に修正を行う必要があります。原字のスタイルを活かしつつもデジタルフォントとしてのバランスや実用性を持ったデザインにするための筆画の選定、デザイン、文字組のバランス調整、それらの修正といった工程は、フォントデザイナーがこれまで培ってきた長年の経験にかかっています。
フォントデザイナーはその経験に基づいて、松月虹特有の縦画につながるような筆脈を意識した右斜めの横画、松の葉のように細く鋭い左はらい、アキのある転折、刃のように切れ味のあるはねといった特徴的な筆画を選定することができました。そして手書きの原字による文字の大小、偏と旁、線の太さのバラつきへの細かい調整や、漢字・ひらがな・アルファベットを組み合わせた文字組のテストを再三行うことで最適なバランスになるように調整を繰り返していきました。通常のデジタルフォントでは高いレベルで一貫性が求められますが、柔軟で人間味のある松月虹らしさを表現するため、あえて同じ偏や旁でも異なる書き方を2、3種類取り入れることで、書体に多様さが引き出され生き生きとした雰囲気による、ほどよく手書きの良さが感じられるデジタルフォントの完成に至りました。
▲渡辺氏による原字
※隈取筆について
隈取筆は日本画や水彩画に使われる筆で、塗った彩色面をぼかすために使用される筆です。中国南部特産の羊毛や馬毛、鹿毛などを使って作られており、穂が太く丸みを帯びた形と柔らかさが特徴で墨をたっぷりと含ませることが可能で、グラデーションや滲みといった独特な美しさを表現できます。
▲右側の穂先が短い筆が「隈取筆」で、通常の筆とは見た目にも異なっています。
▲手書きの原字では同じ偏と旁でも大きさや線の太さにバラつきがでるため、デジタル化の際にデザインの一貫性を保つために修正を行います。
松月虹は、楷書と行書の中間を目指して制作されました。伝統的な書道の規範に縛られず、独特な書きぶりで現代感を表現しています。字形は優雅にして明快、流れるような運筆の中においても随所に硬さの残る筆使いを調和させ、剛柔合わせもつ書体であり、そのデザインは、神秘的な月虹に優しく照らされ浮かび上がる松の木のようです。
▼松月虹 書体見本
おすすめの活用方法
広告やパッケージデザイン、看板から書籍などの出版物、手紙、詩集、表札といったものまで様々なシーンのデザインを際立たせ、ディスプレイからテキストに新しい彩りを与えることができます。