連載コラム
2010年10月26日

ぬらくら 第4回 顔を見て

今年の夏休みにホーチミン市フォングーラオ通りに滞在したときのことです。
ホテルを出て、ものの二十歩も歩かないうちに歩道に停めたスクーターの上から声が掛かります。

『何処に往くの、バイクに乗らないか?』
『ガイドしてあげるよ、写真撮るんだろう?』

無言で無視して先を急ぎます。すると直ぐに次の声が掛かります。

『靴磨かせて。キレイになるよ。』

こちらが履いているのがスニーカーでもサンダルでも、靴磨きセットを小脇に抱えて後を追ってきます。これも黙って無視します。
次に声を掛けてかけてきたのは、サングラスをビッシリ並べた半畳くらいの板を肩から下げた人。サングラスのツルを両手で曲げ伸ばししながら、

『スゴイヨ、サングラス安いよ!』

これも相手を追い払うような気持ちで、ろくに顔も見ずに無言で手を振って追い払います。
この三種類の物売りが入れ替わり立ち替わり近づいてきますが、みんな決まって険しい顔をして離れていきます。
相手もこちらをちゃんと見ていないようで、さっき断った人がまた声を掛けてくることもあります。彼らはこちらを個人として見ているのではなく、品物を売りつける相手としてしか見ていないようです。

バイクタクシー(営業登録もライセンスも不要)、靴磨き、サングラス売り達と毎朝、同じ歩道上でこんなことを二三日繰り返しました。

そして、入り口にドアも壁もない開けっ放しの小さな旅行代理店に立ち寄ったときのことです。
店の前に並べられた丸椅子で休んでいた若くはない旅行者の物売りに対する対応がとても優しいのです。ちゃんと相手の顔を見て返事をしています。

この様子を見て気づかされました。
今まで、彼らを胡散臭い「物売り」として一括りにして見ていたので、バイクタクシーの小父さんも靴磨きのお兄さんも、そしてサングラス売りの小母さんも(もちろん日によってみんな違う人達です)その顔をまともに見たことがありませんでした。

彼らがこちらをちゃんと見ないのはもしかしたら、こちらの態度の反映なのかも知れない。
未だしばらくここに滞在するんだし、毎朝の行事になるんだったら、一人一人の人にもう少しちゃんと向き合ってみようと気持ちを切り替えました。

『何処に往くの、バイクに乗らないか?』
『ありがとう。でも、有り難いことに母親が丈夫な足を二本つけて生んでくれたのでこの足で歩くよ。』
『そうか。いつまでここにいるんだい?』
『あと、一週間ほど。』
『今日は何処に?』
『古いお寺があるって聞いたから訪ねてみるつもりなんだ。』
『気をつけて。何時でも声かけなよ。』

『靴、磨きますよ。』
『磨かなくていいよ、靴じゃないし。』
『磨かせてよ。』
『スニーカーだから磨かなくていいよ。』
『…。』

『サングラス安いよ!』
『持ってるんだ、鞄に入ってるよ。』
『それじゃぁZippoライターは? 色々あるよ。』
『タバコ吸わないんだ。』 『それなら老眼鏡買ってよ、よく見えるよ。』
『眼鏡も要らないよ。ガイドブックも眼鏡無しで読めるし。』

サングラス売りの小母さんは他にライターと老眼鏡も売ってました。

顔を見て言葉を交わすようにしてから、ホテル前の歩道上で商売している人達の 顔が分かってくるようになりました。彼らにもこちらの顔が分かってきたようです。

何時も同じ場所に陣取っているバイクタクシーの小父さん達とは、それから直ぐに毎朝挨拶を交わすようになりました。

たったこれだけのことですが、こちらを見る街の人達の表情が少しだけ変わったような気がしました。
そしてこれ以降、自分もそれまでよりも少しだけ街に溶け込めたようです。

タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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  著者 Information

著者
ダイナコムウェア コンサルタント
mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。
1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。
設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、
総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。
1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。
Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・
フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。
現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
Blog:mk88の独り言

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