ぬらくら第96回 「アジアの聖バレンタイン」
聖バレンタインデー、その起源はローマ帝国の時代にあるといわれています。
当時、ローマでは2月15日は豊年を祈願するルペルカリア祭(Lupercalia)の始まる日でした。
ルペルカリア祭の前日(2月14日)、女たちは自分の名前を書いた札を桶の中に入れます。
翌日、男たちは桶から札を一枚選び、祭りの間は札に書いてある女と一緒にいることになっていました。
多くのカップルはそのまま恋に落ち、そして結婚したそうです。
一方、ローマ帝国皇帝・クラウディウス二世(Marcus Aurelius Claudius Gothicus/213 or 214 - 270)は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が上がらないという理由で、兵士たちの結婚を禁止します。
キリスト教の司祭だったウァレンティヌス(バレンタイン/Valentinus/? - 269)は、結婚を禁止されて嘆く兵士たちを憐れんで、彼らのために密かに結婚式を執り行っていましたが、やがてその噂が皇帝の耳に入ります。
怒った皇帝は二度とそのようなことをしないようにとウァレンティヌスに命令しますが、ウァレンティヌスはその命令に屈しなかったため、処刑されてしまいます。
その日がたまたまルペルカリア祭の前日である2月14日だったために、ウァレンティヌスはルペルカリア祭に捧げる生贄にされてしまいます。
そして2月14日はすべての神々の女王で家庭と結婚の女神・ユーノー(Juno)の祝日にも当たっていました。
皇帝の命に反して、結婚式を執り行ったウァレンティヌス司祭に因んで、2月14日を祭日とし、 恋人たちの日になったというのが聖バレンタインデーの始まりだとされています。
この話にはローマにその普及を進めるキリスト教会の都合によるものであったとする説もあります。
キリスト教をローマに布教するに際して、教会はその祭事からローマ土着のルペルカリア祭を排除しようとします。
ただ禁止するだけでは市民の反発を招くだけであると考え、教会はこの祭りにキリスト教に由来する理由をつけることを思いつきます。
それは兵士の結婚のために殉教したウァレンティヌス司祭の名前を利用することでした。
こうしてキリスト教以前からあったルペルカリア祭は、ウァレンティヌス司教由来の祭りであると解釈し直され、今日まで続いているというわけです。
一年に一度の聖バレンタインデーですが、アジアには一年中恋人達の思いを聞き届けてくれるという縁結びの神がいます。
日本では月下老人と呼んでいる月老公です。
月老公は北宋時代(960 - 1127)に作られた前漢(紀元前206 - 紀元8)以降の奇談を集めた「太平広記」に、その出典を「続幽怪録(続玄怪録)」とする「定婚店」という話の中に登場します。
唐(618 - 907)の時代に韋固(Weigu)という人物がいました。
彼は旅の途中、宋城の南の宿場町の寺の前で月明かりに照らされながら、大きな袋に寄りかかって難しそうな書物を読む老人に出会います。
韋固が老人に何の本を読んでいるのか問うと、老人は天界から来たのだと言い、この世の男女の縁組みを司っているのだと答えます。
さらに、袋の中の赤い紐で夫婦になる男女の互いの足首を結ぶと、その二人は必ず結ばれるのだとも話してくれました。
以前から縁談に失敗し続けている韋固は、この先、縁談が上手く整うかどうかを老人に尋ねると、老人は手元の書物を開いて『お前さんには既に赤い紐で結ばれた人があるので、それ以外の縁談は全て破談するだろう』と答えます。
韋固が赤い紐の先にいるのは誰かと重ねて尋ねると『お前さんの結婚は今から14年後で、その相手は…』と教えてくれた相手は、この宿場町で野菜を売る貧しげな老婆が育てている未だ三歳の幼女でした。
『この私が、あのみすぼらしい幼女と結婚すると言うのか!』と怒った韋固は召使にその幼女を殺すように命じますが、幼女を前にして躊躇した召使は手元を狂わせ、幼女の額に傷をつけただけで逃げ去ってしまいます。
その後も韋固には何度も縁談が持ち上がりますが、いずれもまとまることは無く、いつしか14年が過ぎました。
韋固が相州で上級役人として働くようになった頃、安陽(Anyang)の長官・王泰(Wangtai)の娘との結婚がまとまります。
その娘は、容姿端麗で気立てもよく、まったく申し分のない女性でした。ただ、彼女には寝るときも風呂に入るときも、どんなときも額の花飾りを外さないという変った習慣があったので、韋固がその訳を問うと、妻は涙ながらにこう打ち明けたのでした。
『王秦は私の実の父ではありません。幼い頃に両親を亡くし乳母に育てられました。三歳のとき、私は暴漢に遭い刃物で額を傷つけられてしまったのです。あなたに傷跡を見られるのが恥ずかしくて、今まで隠しておりました。』
韋固は14年前に出会った老人のことを思い出して大層驚き、その時の不思議な体験を妻に話し、彼女に心から謝罪しました。
それから二人は神から授かった良縁を育みながら、末永く仲睦まじい暮らしを送ったということです。
そして、この話を聞いた宋城県令は宿場町を定婚店と改名したということです。
やがて、この話が広まって結婚や恋愛を仲介する神を月老公と呼ぶようになったという訳です。
また、赤い紐については次のような話も残っています。
その話は仁裕(Renyu/880 - 956)の撰になる盛唐時代(712 - 765)の栄華を伝える遺聞を集めた『開元天宝遺事』に出てきます。
見た目が好ましく才能もある郭元振(Guo Yuanzhen)という若者がいました。
宰相の張嘉貞(Zhang Jiazhen)が婿に欲しいというと、元振は『公の家には五人の娘さんがいますが、私はその美醜を知りません。実際に会ってから決めさせてください。』と答えます。
宰相は『私の娘は皆容色に優れています。あなたに相応しいのがどの娘なのか私には分かりません。私は娘たちに紐を持たせて幕の陰に座らせましょう。そしてあなたが引いた紐を持つ娘を差し上げましょう。』と答えます。
元振は喜んでこれに従い赤色の紐を引くと、その先を持っていたのは三女でした。
彼女は大層美しい女性で、夫の出世に伴い彼女も尊い地位を得たということです。
台湾初の首府が置かれた古都・台南には1,000に及ぶ寺廟があると言われています。
月老公を祀る廟も数多く、なかでも祀典武廟、台南大天后宮、大観音亭、重慶寺に祀られている月老公を四大月老公と呼び、その霊験もあらたかだといわれています。
どの月老公も長い髭を蓄え、右手に杖を、左手に男女の縁組を記した帳簿を持ち、少し前屈みで立っています。
そして四大月老公にはそれぞれ得意分野があるそうです。
○ 片思い中の祈願を成就してくれる祀典武廟の月老公
民族路二段を挟んで赤嵌楼の真向かいに建つ祀典武廟は国家一級古墳に指定されています。
台湾各地に建つ関帝廟の総本山で、『三国志』で名高い関羽を主神としおり、十七世紀中頃(明の永暦年間)の建立と伝わる台湾最古の関帝廟です。
その左手奥の「月老祠」という小さな祠に祀られている月老公は身の丈およそ約50センチメートルで、四大月老公の中で最も小柄です。
その月老公像の左側の壁には色褪せたカップルの写真が隙間無くビッシリ貼ってあります。
意中の人への思いが伝わっていない片思い中の男女の、その思いを聞き届けてくれるのが祀典武廟の月老公で、悪縁を断ち切る力も持っているそうです。
○ 思いを寄せ合う二人の距離を更に近づける大天后宮の月老公
祀典武廟の西隣に建つのが大天后宮で清・康煕3(1664)年に建てられた台湾最古の媽祖廟です。
主神は海路の安全を守る道教の女神・媽祖で、大天后宮は媽祖廟としては台湾最古とされ大媽祖廟とも呼ばれています。
後殿の聖父母廟には媽祖の両親が祀られており、その左手に月老公祠があります。
祠の中に入ると月老公は鉄柵で守られ、祠の左壁はハート型の奉納札が、右壁にはカップルの写真がぎっしり奉納されています。
ここに祀られている月老公の像は明代から伝わるものだそうで、台湾で一番古く格式があります。
この月老公が力を発揮するのは、既に好意を寄せ合う男女に対してです。その距離をさらに縮めたいという男女の思いを聞き届けてくれるそうです。
○ 良縁に恵まれ成婚率も高い大観音亭の月老公
台南車站(台南駅)西口駅前から真っ直ぐ延びる成功路を600メートル余り往くと右手に大観音亭があります。
清・康煕18(1679)年に建立された大観音亭は観音菩薩を祀っています。保生大帝を祀る興済宮と同じ場所にあり、仏教と道教が一緒になった特異な景観をしています。
本殿右奥の通路脇に祀られている月老公は四大月老公の中でも一番大柄で、目と口の大きな顔立ちをしています。
ここは『今すぐ結婚したい!』と願う人にお勧めです。
良縁を沢山成就させている強いご利益のある月老公で、小首を傾げているのは熱心に参拝者の話に耳を傾けているからだそうです。
○ 相手の浮気を覚ましてくれる重慶寺の月老公
国立台湾文学館の直ぐ近く、中正路五巷にあるのが重慶寺で、その創建は清・康熙60(1721)年になります。
創建当初は臨済宗(禅宗)の寺院だったようですが、現在は西藏密宗噶派(白教)の末寺になっています。
祭壇の隅に控えめに月老公が祀られています。
ここでは月老公より「速報司(Subaosi)」の方が有名です。
速報司は民衆の苦難を素早く神に伝える使者の役割を担っていますが、男女間の恋愛トラブルにはとても敏感で、浮気や不倫の解決が専門。
さらにターゲットの男性から他の女性を遠ざけたいという願いにも対応してくれるそうです。
速報司の前に置いてある瓶は「醋矸(Cugan)」と呼ばれる酢瓶で、棒で三回かき混ぜるとご利益が高まるそうです。
アジアの聖バレンタイン、やるもんですね!
【参考資料】
ローマ人の物語/塩野七生:著/新潮社:刊/1992 - 2006年
台湾の歓び/四方田犬彦:著/岩波書店:刊/2015年
Wikipedia <https://ja.wikipedia.org>
Nikkei Woman Online <https://doors.nikkei.com>
タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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mk88氏
PROFILE●1942年東京都生まれ。1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
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