連載コラム
2019年02月28日

ぬらくら第95回 「天文学と印刷」

明けましておめでとうございます。
本年も当コーナーをご愛読くださいますよう、よろしくお願いいたします。

昨年の10月20日から三ヶ月の予定で開催されていた印刷博物館 (* 1) の企画展「天文学と印刷 新たな世界像を求めて」の会期が、気づけば残り十日、慌てて印刷博物館に出かけました。

黒一色の展示会場は展示品を保護するために照明が極端に落とされています。
並んだ硝子ケースにはアリストテレス(前384 - 前322)の「著作集 (* 2)」から始まって福沢諭吉(1835 - 1901)の「改暦辨 (* 3)」まで、数点の複製を含む十五世紀から十九世紀にわたる稀覯本や図版、関連写真など102点が展示されています。

会場は次の五つのテーマに分かれていました。

第1章 新たな世界の胎動
第2章 出版都市ニュルンベルグ
第3章 1540s――図版が開いた新たな学問
第4章 コペルニクスの後継者たち
第5章 日本における天文学と印刷

展示されている稀覯本や図版を眺めているだけでも、占星術の発展と正確な暦を得る必要性から発達していった天文学が、やがて天動説の矛盾を炙り出し、さらには地動説が導き出されてゆく経緯が見えてきます。

あわせて地動説が活版印刷によってヨーロッパ各地に伝播していった様子も示されています。

そのきっかけになったのがニコラウス・コペルニクス(1473 - 1543)の「天球の回転について」で、彼はその原案を写本にして、近しい友人の間で回覧するだけに留めていたそうです。
彼が「天球の回転について」を刊行して公にしなかったのは、天動説を絶対の宇宙観としていたカトリック教会に対するおそれがあったからでしょう。

なぜヨーロッパでは天動説が絶対視されていたのでしょう?

当時、カトリック教会は『人間に関することは聖書に、自然界のことはアリストテレス自然学に訊け』と命じています。
アリストテレス自然学に対する反論は聖書に反論すると同様、神に対する反逆であるという社会通年が確立していたからに他なりません。

アリストテレスの宇宙観は、その師プラトン(前427 - 前347)の天動説をそのまま受け継いだものだったのです。

1517年にマルチン・ルター(1483 - 1546)が宗教改革をとなえて次々と著書を発表すると、バーゼル(スイスの都市)の印刷業者アダム・ペトリ(1454 - 1527)はそれらのバーゼル版を刊行して宗教改革の拡大に寄与します。

アダム・ペトリの下で校正係を務めていたヨハン・ペトレイウス(1497 - 1550)は、その後ニュルンベルク(ドイツの都市)に自身の印刷所を開設して独立し、「天球の回転について(* 4)」を刊行します。
彼が「天球の回転について」の初版を刊行したのはコペルニクスがこの書を著してから実に三十年後の1543年のことでした。
奇しくもこの年はコペルニクスが亡くなった年でもあります。

なぜ活版印刷が地動説の普及に寄与したのでしょう?

大きな要因の一つは活版印刷が持つ図版の再現力だったと言われています。
それまで文字だけで解説されていた天文の理に、詳細な図版がついた活版印刷による刊行が、読む者の理解を早め、深めたからだと思われます。

正確な図版を活用した出版は天文学の他に動物学、植物学、博物学、医学、建築、地図など多岐にわたりました。

カトリック、プロテスタントの宗派を問わずキリスト教会の刊行物こそが、活版印刷の恩恵に預かるところ大であったのは言うまでもありません。

日本に関する展示もありました。

平安時代初期に唐からもたらされた暦、宣明暦が使われ始めたのは貞観4(862)年頃からだと言われています。
それからおよそ800年、江戸時代初期に中国で用いられていた「天文分野之図」を渋川春海(1639 - 1715)が日本向けに編集して「天文分野之図(* 5)」を作ります。
その渋川春海は、宣明暦が実際の季節とのずれが大きく実用に供さないことから改暦を試みますが用いられませんでした。

その後、天皇に再度の改暦を上奏して貞享2(1685)年にこれが受け入れられ、貞享暦の名で施行されます。貞享暦は初の国産の暦です。

「和蘭天説(* 6)」を著して最初に日本に地動説を紹介したのは江戸時代の絵師で蘭学者の司馬江漢(1747 - 1818)です。
司馬江漢は浮世絵師の鈴木春重と同一人物です。

江戸が明治に代わり太陽暦が導入されます。

導入にあたり明治6(1873)年に福沢諭吉(1835 - 1901)が「改暦辨(* 3)」を著してその心構えを説いています。
当時は農事を旧暦によっていた農民が「新暦反対一揆」を起こした時代でした。
しかし、太陽暦の必要性を分かりやすく説いたこの書は結局ベストセラーとなり、20万部も販売されることになりました。

駆け足で「天文学と印刷」展の中から、天動説から地動説に転換する部分を紹介しましたが、展示品の図録が秀逸で、昨年の「第60回 全国カタログ展」において「文部科学大臣賞」と「審査員特別賞(柏木博賞)/金賞」をダブルで受賞しています。


▼図録表紙(中央より左が裏表紙、右が表表紙)
図録表紙

▼図版本文(「天球の回転について」の紹介頁)
図録本文

もちろん図録以上に素晴らしい展示でしたが、惜しむらくは展示されている稀覯本の全てが黒地を背景にしたガラスケースに納まっており、照明がガラスケースに反射してしまい、ケース内の説明カード(黒地に白抜き文字)も非常に読みにくかったこと、これは大変に残念でした。
 
* 1) 印刷博物館
2000年に凸版印刷が100周年記念事業の一環で設立した印刷に関する博物館。 印刷文化に関わる資料の蒐集や研究活動、活版印刷の体験教室を開催するなどの実践・啓蒙活動を行っている。
https://www.printing-museum.org/

以下は図録より。記載事項順は次の通り。
出品番号┃著者名┃印刷(制作)者┃印刷(制作)地┃印刷(制作)年┃寸法(縦×横×厚)┃所蔵先

* 2) 著作集
01┃アリストテレス┃アルド・マヌーツィオ┃ヴェネツィア┃1495-1498┃306 × 220 × 50 mm┃金沢工業大学ライブラリーセンター

* 3) 改暦辨
84┃福沢諭吉┃慶應義塾蔵版┃―┃1873┃220 × 150 × 3 mm┃印刷博物館

* 4) 天球の回転について
38-01┃ニコラウス・コペルニクス┃ヨハン・ペトレイウス┃ニュルンベルク┃1543┃290 × 210 × 40 mm┃金沢工業大学ライブラリーセンター

* 5) 天文分野之図
68┃渋川春海┃―┃―┃1677┃1218 × 580 mm┃印刷博物館

* 6) 和蘭天説
80-01┃司馬江漢┃春波楼(司馬江漢)蔵版┃芝宇田川(江戸)┃1796┃266 × 175 mm┃印刷博物館

【参考資料】
「『天文学と印刷 新たな世界像を求めて』図録」/凸版印刷株式会社 印刷博物館 2018年刊
「印刷という革命:ルネサンスの本と日常生活」/アンドルー・ペティグリー:著 桑木野幸司:訳 白水社 2017年刊
「禁書: グーテンベルクから百科全書まで」/マリオ・インフェリーゼ:著 湯上良:訳 法政大学出版局 2017年刊

タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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ダイナコムウェア コンサルタント
ダイナコムウェア株式会社
コンサルタント
mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
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