ぬらくら第90回 「星屑」
今年の夏、われらがガイアは何処かが壊れてしまったのか?
それでも緑は強い陽射しの下ますます深く、蝉の声は去年と変わらぬかしましさです。
そんな夏の一夜、文字通りの満天の星、降るような星々を眺め、大宇宙の果てに想いを馳せて、昼の身を射るような暑さを忘れてみたいものです。
夜空を仰いでも目には見えませんが、満天の星に混じってガイアの周りを黙々と周回しているものに人工衛星があります。人工衛星と一口に言ってもその利用目的によって軍事衛星に始まり、通信衛星(放送衛星)、科学衛星(宇宙望遠鏡)、地球観測衛星(気象衛星・海洋観測衛星)、航行衛星(GPS衛星)などがあり、私たちの日常生活を天空から支えています。
それらの人工衛星を打ち上げる過程で発生するものに星屑ならぬ宇宙ゴミがあります。
今や無視できない数にまで増えてしまった宇宙ゴミの存在は殆ど話題にならないようです。
宇宙ゴミ(Space Junk)、専門家の間ではスペースデブリ(Space Debris)と言うそうですが、進む宇宙開発に伴ってその数は年々増え続けており、今や対策が必要な事態になっています。
スペースデブリとは、何らかの意味のある活動を行うこと無く、地球の衛星軌道上を周回する人工物体のこと、と定義されています。
耐用年数を過ぎて機能を停止した人工衛星、あるいは事故や故障で制御不能になった人工衛星、人工衛星の打上げに使ったロケットの本体や部品、多段ロケットの切り離しで生じたロケットの破片、はたまたスペースデブリ同士の衝突で生まれたさらに小さなスペースデブリ、変わったところでは宇宙飛行士が宇宙活動中に落とした手袋や工具、部品などがスペースデブリに含まれます。
天然岩石や鉱物・金属などで構成された宇宙塵(微小な隕石)などは流星物質と呼んで、スペースデブリとは区別します。
人工衛星の第一号は1957年に旧ソ連によって打ち上げられたスプートニク1号でした。
以来、60年が経過し、世界各国で4,000回を超える打ち上げが行われてきました。
そしてその数倍にも及ぶスペースデブリが発生しています。
その多くは大気圏に再突入して燃え尽きましたが、今もなお4,500トンを越えるスペースデブリが地球周回軌道上に残っています。
スペースデブリの総数は年々増え続けており、それぞれが異なる軌道を周回しているため、その回収や制御が難しい状況です。活動中の人工衛星や有人宇宙船、国際宇宙ステーションなどに衝突すれば、設備が破壊されたり乗組員の生命が危険にさらされたりする恐れがあり、国際問題になっています。
2017年4月にドイツのダルムシュタットで開かれたスペースデブリに関する会合では、スペースデブリがこの四半世紀で二倍に増えていると報告されています。
スペースデブリは地表から300 - 450キロメートルの低軌道上で秒速7 - 8キロメートル、36,000キロメートルの静止軌道上でも秒速3キロメートルと非常に高速で移動しています。
これは時速28,800キロメートルから時速10,800キロメートルで地球の周りを回っていることになります。
運動エネルギーは速度の二乗に比例するので、スペースデブリの破壊力はすさまじく、有人宇宙船や人工衛星が直径10センチメートルほどの大きさのスペースデブリに衝突すれば完全に破壊されてしまうことになります。
5 - 10ミリメートルのデブリと衝突した場合でも、銃弾を撃ち込まれるのと同じ衝撃を受けることになります。
1993年に行われた地上からのレーダー観測で、地球軌道上にある10センチメートル以上のスペースデブリが約8,000個確認されました。
2017年にはその数が約20,000個になっていることが確認されています。
1メートル以上の宇宙ゴミも5,000個、「飛ぶ弾丸」と呼ばれる約1センチメートルのスペースデブリは75万個に上り、1ミリメートル以上のものは1億5,000万個あるとする欧州宇宙機関の予測モデルもあります。
既にニアミスや微小なスペースデブリとの衝突は頻繁に起こっています。
1996年にスペースシャトル・エンデバーのミッションで日本人宇宙飛行士・若田光一さんが回収した日本の宇宙実験室には、微細なものまで含めて500ヶ所近くの衝突痕が確認されています。
地球を周回するスペースデブリを観測する活動をスペースガードと言います。
北アメリカ航空宇宙防衛司令部の宇宙監視ネットワークやロシアの宇宙監視システムなどがあり、約10センチメートル以上の比較的大きなデブリをカタログに登録して常時監視を行っています。
日本でも美星スペースガードセンター、上斎原スペースガードセンターの二つの施設でスペースデブリの監視を行っています。
カタログに登録されたスペースデブリの数だけでも約9,000個に及び、1ミリメートル以下の微細デブリまで含めるとその数は数100万個から数1,000万個にのぼります。
スペースデブリが互いに衝突して、さらにゴミが拡散する状況を招いた要因として、二つ考えられています。
一つ目は中国の老朽化した気象衛星「風雲」を対衛星兵器で破壊した2007年1月の中国の実験、二つ目は2009年2月のロシアの軍事衛星「コスモス2251」とアメリカのイリジウム・サテライト社の通信衛星との衝突です。
1963年に、宇宙空間に人為的に電離層を作り出す「プロジェクト・ウェストフォード(Project Westford)」と呼ばれる実験がアメリカ・マサチューセッツ工科大学のリンカーン研究所によって行われました。
これは長さ2センチメートルの銅製の針を高度3,500 - 3,800キロメートル、傾斜角87 - 96度の軌道に散布し、そこに電波を反射させて長距離通信を実現するというものでした。
初期の目的は達成されましたが、散布された針は実に4億8千万個に及ぶことになり、国際的な批判を浴びました。
2017年10月の時点でなお軌道を周回しており、追跡されている針は42個あります。
人工衛星や多段ロケットの最終段などが軌道上で爆発することを「ブレークアップ(破砕、爆散)」といいます。
1961年から2000年までに163回のブレークアップが起きています。
ブレークアップが起きると、観測できるものだけでも数百個から数千個のスペースデブリが発生します。
これらのスペースデブリは爆発前の軌道に沿って雲のような塊(デブリ・クラウド)を形成し、時間が経つに従って徐々に拡散していきます。
ブレークアップ対策には、カタログに登録され軌道が判っている直径10センチメートル以上のスペースデブリとのニアミスの恐れがある場合は、人工衛星あるいは宇宙機(Spacecraft)の軌道を修正して回避する方法があります。
1センチメートル以下のスペースデブリなら宇宙機にバンパーを装着して、衝突した時の衝撃を軽くすることができます。
これらの中間の大きさのスペースデブリに対処する方法は大変に難しく、未だに確立された方法がありません。
スペースデブリを減らすには、使用済みのロケットや人工衛星を他の人工衛星と衝突しない軌道に乗せるか大気圏に突入させる、あるいはスペースデブリを何らかの方法で回収するなどの対策が必要です。
これらの対策は少しずつ始まっていますが、小さなスペースデブリを回収する手段については『レーザーで溶かす』というものも含めて様々な方法が提案されていますが、現時点では、まだ実用化されたものはありません。
2015年4月に理化学研究所、エコール・ポリテクニーク、パリ第七大学、トリノ大学、カリフォルニア大学アーバイン校からなる共同研究グループが『高強度レーザーを使用してスペースデブリを除去する』という技術を考案したと発表しています。
日本のJAXA (* 1) でも、導電性テザー(Tether)をスペースデブリに取り付け、テザーに発生するローレンツ力(Lorentz force)を利用してデブリの勢いを殺し、大気圏に突入させるというアイデアを研究しています。
2016年12月に打ち上げられた「こうのとり6号機」には実際にテザーシステムを搭載し、国際宇宙ステーションへの補給任務を完了した後で実証実験を行う予定でしたが、装置の不具合で実験を行うことができませんでした。
2013年に宇宙空間のスペースデブリを取り除くことを目的にしたベンチャー企業“ASTROSCALE PTE. LTD.”(* 2) が設立されています。
本社はシンガポールに置かれていますが、代表者は日本人の岡田光信さんです。
日本にも活動拠点「株式会社アストロスケール(Astroscale Japan Inc.)」があり、こちらの代表取締役社長は伊藤美樹さんです。
基本的なスペースデブリ対策は地上におけるゴミ問題と同じように、ゴミを発生させないようにするというのが最善の策のようです。
最後にスペースデブリが地球の周囲を回っている様子をライブ感覚で見ることができるサイト“Stuff in Space”をご紹介します。
Stuff in Space のホームページ (http://stuffin.space/) に行くと黒い背景に地球が浮かんでいます。
画面の左上に「○ _______ Groups」の表示があります。この「Groups」に(マウスの)ポインターを乗せるとスペースデブリのリストが表示されます。
リストの項目をクリックするとその項目のスペースデブリの軌跡が表示されます。
このリストにはマサチューセッツ工科大学が行ったスペース・フォードによる42個のスペースデブリの軌跡も含まれています。
是非 Stuff in Space のサイトを訪問して、ご自身の目でスペースデブリの今の様子を確かめてみてください。
* 1) JAXA
Japan Aerospace Exploration Agency/宇宙航空研究開発機構
http://www.jaxa.jp/
* 2) ASTROSCALE PTE. LTD.
http://astroscale.com/
【参考資料】
1. JAXA のホームページ
http://www.jaxa.jp/
2. NASA (National Aeronautics and Space Administration) のホームページ
https://www.nasa.gov/
3. ウィキペディア/スペースデブリの項
https://ja.wikipedia.org/
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著者 Information

mk88氏
PROFILE●1942年東京都生まれ。1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。
設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。
1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。
現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
Blog:mk88の独り言