ダイナフォントストーリー

カテゴリー:連載コラム「ぬらくら」
2018/02/14

ぬらくら 第83回 「グスターフ侯と猟師」

新年、明けましておめでとうございます。
本年もぬらくらコーナーのご愛読をよろしくお願いいたします。

年末年始の休みを利用して1966(昭和41)年に河出書房新社から上梓された辻邦生の「夏の砦」を読んでいました。

本の内容とは関係ありませんが、ページの表面を指先でなぞると凸凹しており、活字で組まれた本だと分かります。

物語の終盤で、主人公の織物工芸家・支倉冬子が翻訳した話しとして「グスターフ侯年代記」の一部が出てきます。

物語全体の要旨は他に譲るとして、「グスターフ侯年代記」に面白いテーマが語られているので、本書を引用しながらその部分をご紹介します。

グスターフ侯は手勢を引き連れて十字軍と共にコンスタンチノポリスの治安を回復するために彼の地に上ります。
治安回復に奔走するグスターフ侯は、コンスタンチノポリスを守るべき十字軍の武将や兵士が略奪、暴行、放火、破壊、殺戮に走るのを目の当たりにします。
さらに、十字軍に同行したフランスの高位聖職者とその騎士団が宝石をちりばめた聖遺物の箱を盗み出すのを目撃してしまいます。

信ずるものに裏切られ、失望し、落胆したグスターフ侯は、手勢をまとめて帰郷してしまいます。
この時のことがきっかけになって侯は死の意味を解こうと研鑽・瞑想に打ち込み、やがて死神と出会うことになるのですが、その時は、未だ死の解を得ておらず、死神に命乞いをします。

死神との七夜連続の闘いに勝ち続ければ幾ばくかの命を長らえてもよいとの死神の譲歩に、侯はこれを承諾します。

一夜目から六夜目までは双方、互角に戦います。
七夜目になると侯は死神に対して闘いの好敵手としての想いを抱くと同時に、好感すら抱いていることに気づきますが、この夜は何故か死神が現れません。

その後、森に出かけたグスターフ侯は木を切る男に出会います。
侯は、お前は何者なのか、この倒した木は何に使うのかと問いかけます。

男は侯の問いかけに答えます。

(以下原文を引用)
私めは、城外に住むさるしがない猟師でございますが、この日頃、鳥も獣も野山に隠れて見えず、私めの放ちます矢は、ただでさえ獲物を失いますのに、矢までが私めを見放すのか、藪に見えなくなり、流れに落ちて失い、ほとほと難儀が重なりました。
また僅かばかりの田畑も、日照りと洪水で、種まけば枯れ、芽が出れば流され、いっこうに生活のめどがつきませなんだ。
私めには病める妻と飢えた子が二人おりますが、これらに木や石を食わせるわけにもまいりません。
お代官さまはそれでも貢物は日時計よりも正確にとりたてに参られる。
前年の借金は利子がついて重くなる。
日がたてばたったで、ただで過ぎてゆくこの世でないことが、私めには悲しくて、とうとうある日のこと、御禁猟のお城の森に忍びこみ、兎、猪、鳥、獣たちを獲り、妻にはあたたかい猪汁を、子らにはやわらかい兎の肉を、こころゆくまで食べさせてやりました。
それをたまたま借金をとりたてにきた町の商人に見つかり、これだけの馳走を家内で食うて、借金の利子を払えん道理はないと、私を代官所に訴え出て、私めはとうとう御禁猟をおかした旨、白状いたしたのでございます。
御承知でもございましょうが、御禁猟をおかしますれば、死罪でございます。
しかも自分みずから、絞首台の木を切りまして、台をつくり、そこで自分でくびれなければならないのでございます。
それでごらんの如く、私めは木を切っておるのでございます。
(引用ここまで)

これを聞いたグスターフ侯はたいそう驚いてさらに、自らくびれ死ぬことに苦痛はないのか、何の思いもないのか、と問いかけます。

猟師はそれにこう答えます。

(以下原文を引用)
私めはこのようなお裁きを知っていて御禁猟の森に入ったのでございます。
されど私めは御禁猟の森に入らなければ妻子を養うことはできませなんだ。
これはやむを得ないことでございましたが、禁を犯しておりましたのも事実でございます。
私めは妻子への愛憐に従いましたように、いままたお裁きに従うよりほか道はございませぬ。
いやいや、愛憐に従いて禁を犯しましたことは、お裁きに従うことを前提としておったのかもしれませぬ。
されば、私めは今やお裁きに従い、自らくびれることを、とやかく言うすじ合いはございませぬ。
(引用ここまで)

コンスタンチノポリスで十字軍と高位聖職者に裏切られ、死の解を求めて瞑想をつづけ、死神と闘うも、未だに死の解を得られていないグスターフ侯は、この諦念しきった男の答を聞いて考え込んでしまいます。

貧しい猟師はどうして何もかも承知で禁を犯すことができたのか、グスターフ侯と一緒にその謎解きに挑戦してみてください。

ここにグスターフ侯がたどりついた結論を書きませんが、辻邦生がグスターフ侯の口を借りて述べていることは、七夜目の闘いになぜ死神が現れなかったのかが、大きなヒントになっているような気がします。

【参考資料】
「夏の砦」 辻邦生:著 河出書房新社 1966年刊

タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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  著者 Information

ダイナコムウェア コンサルタント
ダイナコムウェア コンサルタント
mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。
1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。
設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、
総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。
1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。
Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・
フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。
現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
Blog:mk88の独り言