ダイナフォントストーリー
2018年02月02日

上質な紙が書き心地を向上させる。手すきの紙職人の技に迫る!

廣興紙寮(GuangXing Pulp Factory)

台湾の中心に位置する埔里(ほり)は、四方を山に囲まれた盆地にあり、山から湧き出た良質な水源を持つことで銘酒の産地として名を馳せていますが、それだけではなく製紙業も盛んな地域です。紙の出来栄えは紙をすく際のわずか数秒で決まると言われています。「天候や職人のその日の気分も紙の品質に影響してしまう」と熟練の紙職人は語ります。こうした点から手すきの紙は扱いが非常に難しいと言われていましたが、創設より半世紀が経った廣興紙寮(GuangXing Pulp Factory)では紙職人が代々継承してきた製法をもとに一枚ずつ丁寧に乾かされ、高い品質の手すき紙を送り出してきました。その製品には製品名やコード、重さ以外にも手掛けた紙職人の名前といった情報まで印字されており、まるで紙の履歴書のようです。こうした工夫により、これから半世紀といった時間が経過したとしても紙の履歴書から紙づくりに関する情報を知り得ることができます。
今回のフォントストーリーでは、埔里を訪ね、書くことが楽しくなるような高い品質を持つ手すきの紙の世界を探求していきましょう!
無添加の材料を使用し、自然で爽やかな香りを放つ手すきの紙
廣興紙寮で手すきの紙を販売している専門店に足を踏み入れると、壁沿いに紙が一束ずつに束ねられた状態で収納されている様子が目に入ります。両端にはいくつもの掛け軸が飾られており、部屋いっぱいにまるで書籍が積み上げられているかのような厳かな雰囲気を感じることができます。さて心を落ち着かせて深呼吸をしてみましょう。天然紙が放つ自然の香りが鼻孔をくすぐり、春風が吹いたような心地の良い感覚をもたらしてくれます。
廣興紙寮の代表である黄煥彰(こうかんしょう)氏は「この香りは我々が作る紙特有の香りであり、他社の紙とは異なった自然の繊維そのものの香りです!」と自信を持って語ります。黄氏の話からも、廣興の紙が天然の資材から出来ていることが分かります。
無添加の材料を使用し、自然で爽やかな香りを放つ手すきの紙
この天然の資材を使用するというこだわりこそ廣興紙寮の手すきの紙が数多くの専門的な業界で高い評価を受けている要因です。ここ数年、紙製品に対して高いレベルの品質を求める修復師や画家などが良質な紙を求めて次から次へと廣興紙寮を訪問してきます。
黄氏は廣興紙寮の代表として、また40年に渡る紙職人としての経験から様々なカスタマイズに柔軟に対応しています。

 
廣興紙寮代表・黄煥彰(こうかんしょう)氏
わずか数軒の孤独な戦い
今日では製紙業のトップメーカーとなった廣興紙寮ですが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。時代の移り変わりと共に手すき紙に取って代わり、機械で大量生産される安価な紙が市場にあふれ出し、台湾の製紙産業は浮き沈みを経験します。元々、埔里(ふり)の手すきの紙造りは、日本統治時代に良質な水資源に着目した日本人が高級和紙造りの拠点としたことからこの地に製紙産業が根付きました。1980年代の全盛期には50軒を超える製紙工場が軒を連ね、国内だけではなく、日本、韓国、東南アジアなど国外向けの製品においても東アジアの重要な販売拠点となりました。しかしここ20年間で機械での大量生産、産業の空洞化、また中国本土の価格競争に競り負けて現在では台湾全土で4軒だけとなり、貴重な存在となってしまいました。
黄氏は製紙業界に訪れたここ数十年の浮き沈みについて話が及ぶと眉に皺をよせ、深くため息をつきながら「どん底で2、30年もがいてきました。廣興が紙すき観光工場として再スタートを切ってから数十年経ちますが、紙職人たちが何とか生活していけるだけで倉庫には山のような在庫が眠っていました」と語りました。紆余曲折を経た後、天然の資材を使用して職人の技術で高い品質の紙を作るという黄氏の努力とこだわりが実り、廣興紙寮が手掛ける手すきの紙は製紙業のトップに躍り出たばかりではなく、良質で高い品質が受けて中国本土でも販売されるようになり、また安価な紙製品とも競合しない高品質な紙製品としての確かな地位も築けました。

手作業で「水」から「火」まで操る職人が作り出す良質な紙

材料の選定から始まり、蒸す、煮る、塵取り、糊付け、紙すき、圧搾、乾燥といった数値化できないような要素が多い上に数秒以内に品質が決まってしまいますが、こうした複雑な工程を経て良質な紙がようやく1枚出来上がります。この複雑な行程には熟練の紙職人であるほどに確かな技術を以て対応することができるのです。 

「手すきの紙」作業工程その1▲簀桁(すけた)に紙料液を汲み込んで揺すって網目に行き渡らせると、紙職人の長年の経験により素早く紙をすいて繊維同士を絡み合わせて紙を仕上げていく様子は何とも見事です!

こうした工程の中でも「紙すき」は一番驚かされる工程であり、紙職人の腕が試される場面でもあります。
「紙すき」とは紙職人が両腕を広げた大きさよりもさらに大きい木製の枠に素早く紙料を流し込む作業です。紙をすく際に紙料液の繊維が簀桁(すけた)の網目に絡まり、重なり合うことで頑丈な紙ができあがります。この工程は数秒以内で完成させなければならないため、1秒たりとも気が抜けないことが分かります。

出来上がった紙は寸分違わず、ずれることなく四つ角がぴったりと合わさっており、100枚ほど積み上げると巨大な紙の豆腐のようになります。さらに重石を乗せて「圧搾」させ、余分な水分を搾り取ってから100度近くまで熱した鉄板の上で乾燥させます。「乾燥」の工程で数秒間乾かす際に注意を怠ると、シワが寄って不良品となってしまいます。黄氏は「紙づくりはいつも自分との闘いです。毎日両手を水に浸けて紙をすき、熱く熱せられた鉄板に貼り付ける。すぐに上達する秘訣なんて無いんです、毎日の積み重ねなんですよ」と語ります。


「手すきの紙」作業工程その2▲100度近い鉄板の上で紙を数秒乾燥させ、水分を蒸発させると手すき紙が完成します。しなやかにひらひらと舞うような見た目は、新しく生まれ変わったようなフレッシュさがあります。


「紙の履歴書」紙に宿る紙職人の記録

紙は千年に渡って薄くて軽いという特性から、遠くまで情報を伝達させるために活躍し、長い年月を経て豊かな文明の構築に貢献してきました。紙は職人によって作り上げられた後、第三者の手に渡り、別の形でアーティストや芸術家の手によって新たな解釈が与えられていきます。その際、紙職人は黒子のような存在であり、作品の物語に入り込むことはありませんが、職人として如何に高い技術を紙に宿らせるかが黄氏の十数年来の目標でもあります。紙職人の存在を世間に認知させる為には紙に彼らの痕跡が残されていなければなりません。黄氏は「紙の履歴書」なるものを作成し、100枚毎に束ねられた紙束の外側に職人の名前、商品名、コード、重量、製造年月日等を記録し、透かしも入れて記録していきました。こうして紙職人は一躍有名なアーティストとなり、手掛けた紙一枚一枚が作品となりました。様々な情報が記載された「紙の履歴書」は使用者にとって品質の目安となります。また古籍や絵画の修復に使用すればいつの日かこうした情報を基に紙の生産元を追究することも可能となります。

「紙の履歴書」
▲100枚ごとに束ねられた紙束の外側に記録されている「紙の履歴書」には、紙職人の氏名が刻まれ、その高い技術が語り継がれていきます。
黄氏は美術品を登録する時のように紙職人の氏名を残すことで、自社製品を管理しています。黄氏自身も紙職人であることから、紙すきの工程を後世に伝承していかなければならないという使命感を持っています。文字が書きにくいと感じる場合、「紙を乾燥させすぎた」質の悪い紙だといえますが、とても書きやすい紙は「潤いのある」良質な紙であると黄氏は語っています。書き味の良さを追求するという探究心こそ、浮き沈みが激しい業界において黄氏が長年奮闘し続けることができた要因です。紙職人のこうしたきめ細やかな気遣いが無ければ、今日のように紙が様々な場面でスポットを浴びるような存在では無かったと言えるでしょう。

古から伝わる紙づくりは続く!
台湾の埔里(ふり)で盛んな製紙業は、歴史的な要因から日本の技術が導入されたため、中国本土の技術とは異なり新たな製紙業が発展することとなりました。廣興は近年100種類もの台湾原産の植物を使って特色のある紙を開発しています。その中には食べることができる紙など、台湾独自の紙工芸を切り開いてきました。

現在、廣興紙寮は観光工場となっており、一般客も気軽に古の技術を体験することができるようになりました。実際に自分の手で体感しながら学ぶことで、古の技術を現代の日常生活にも繋げていくことができます。こうした取り組みに黄氏は文化的価値と美感がより多くの人の目に留まるようになればという期待を持っているそうです。何の役にも立たないように見える手すきの紙は普段の生活における美感の価値やレベルが上がらなければスポットライトが当たらず、重要視されないからです。
「食べられる紙」▲この「食べられる紙」を実際に口にしてみると、サクサクとした食感で今までに体験したことのないような感覚を味わうことができます。
「手すきの紙」▲普段の生活に必須ではない手すきの紙は、文化的価値と美感に対する意識が高まれば、古から伝わる手すきの技術が後世へと引き継がれていきます。

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