ダイナフォントストーリー
2017年11月27日

書き味により深い味わいをー職人が丹念に磨き上げる万年筆

天益鋼筆(TENNY fountain pen)

台南市麻豆区には、碗粿(ワーグイと呼ばれる台南の伝統料理)や文旦の他にもまだあまり知られていないお土産として「万年筆」があります。
麻豆区の郊外に店を構える「天益鋼筆(TENNY fountain pen)」は、万年筆職人である郭冬自(かくとうじ)が手掛けるブランドです。一見ごく普通の一軒家の軒先に様々な色の木材が積み上げられています。そしてこの木材こそ、郭氏の万年筆が他の万年筆とは一線を画す重要なポイントなのです。
MIT(Made in Taiwan)の万年筆、台湾人が愛してやまない木のぬくもり

MIT(Made in Taiwan)の万年筆、台湾人が愛してやまない木のぬくもり

「これはスネークウッドです」万年筆よりもやや太く、ずっしりとした木片を手にしながら、「1つ1つ木目の紋様が異なるので、1つとして同じ万年筆はありません」と郭氏は笑顔を浮かべながら語ります。
郭氏は、木材の特性を熟知しており、ローズウッドやシルクウッド、紅木といった木材ごとそれぞれ適した方法で万年筆を制作することができるスペシャリストな職人です。
郭氏は、海外向け万年筆のOEM事業で培ってきたアクリルなどの材料を使用した万年筆職人の道を進むのではなく、どうして自然素材を使用する職人になっていったのでしょうか。 十数年前ブランドを立ち上げた郭氏は、当初アクリル製の万年筆を打ち出していましたが、当時の市場での評価はあまり高くありませんでした。
そんな折、万年筆の購入者から、台湾人にとってアクリル製の手作りの万年筆が大量生産されるプラスチック製の万年筆とはあまり違いがない製品として、「安物」という認識を持っている事を知らされました。
そんなある日、台中からの顧客が自らローズウッドを持参して、そのローズウッドでの万年筆のオーダーメイドを発注した事で、自然素材へ注目するに至り、また台湾人が木製の商品に対して強い興味を抱いていることを感じとったのでした。
こうして木を使用しての万年筆の制作に乗り出していきましたが、木を使用して万年筆を制作する前例が海外でも少なく、自身もこれまでの経験や知識を生かして制作する事ができなかったため、1からノウハウを築き上げていく事になりました。
郭氏曰く、「私はあらゆる木材を試しています。木目が綺麗で、強度も申し分なければ、どんな木でも試します」と語っています。
およそ3年の月日を費やし、木材の特性を研究し尽くした上で制作されてきた数々の万年筆は天益鋼筆だからこそできる他では真似できない木の万年筆だといえるでしょう。 ひたすら仕事に打ち込んでいた当時を思い返し、「毎日、寝る時間さえ惜しかったよ」とはにかむように語った郭氏。


万年筆職人・郭冬自は、およそ3年の歳月をかけて木材の特性を模索する中で、木の強度によりそれぞれに適した加工方法があることに気付いた。▲万年筆職人・郭冬自は、およそ3年の歳月をかけて木材の特性を模索する中で、木の強度によりそれぞれに適した加工方法があることに気付いた。
 

OEMからブランド立ち上げまで、「不屈の精神」で挑む商品開発

郭氏が万年筆制作への道へ進んだ時代は、台湾が万年筆全盛期の終わりに差し掛かった頃でした。最盛期を良く知る知人からは「フランクフルトで開催されたPaperworldという展示会では、台湾企業のブースに人が殺到して注文希望者の列ができていた。注文数に達すると、彼らはすぐにブースを閉めて、遊びに出かけてしまう。全盛期の頃はどこもそうだったよ。」という話を耳にしていたそうです。
当時の台湾は、一万余りの工場が競合し、海外向けに輸出を行っており、「まさに『万年筆大国』と言っても過言ではありませんでした」と郭氏は記憶をたどりながら熱く語っていました。
郭氏は万年筆職人の道へ進む前、コート用のボタンを製造する事業に従事していました。80年代の中華民国は、中国本土に渡って活躍している人も多かったと言いますが、郭氏は家族が離れ離れになることに耐えられず、どうしたら台湾に残って仕事をすることができるのかと考えていました。その時にちょうど万年筆の軸を作って欲しいという依頼を持ちかけられたのです。「ボタンを作る際に用いる材料も細長いので、これを利用して軸を作ったらちょうどいいのではないか。」と思い、その仕事を引き受けることにしました。しかし、実際に制作に取り掛かかると、専門的な知識が多いということに気付かされました。しかし、元々、持ち合わせていた「不屈の精神」と、若い頃に学んだ木彫りの技術で万年筆の奥深い世界に没頭し、OEM事業を引き受けて間もない頃、自分のブランドを作りたいという思いが芽生え始めました。
自身のブランドで誇りに思うことを尋ねたところ、元々謙虚な郭氏は「以前、地方で建築の設計に携わっているお客様が『天益ブランドの万年筆のファンです』と直接工房に来たことがありました。」と控えめに語りました。また十数年に渡るブランド構築の経験から、台湾の顧客の多くが「モンブラン」のようなブランド万年筆ではなく、台湾らしさが見える商品を求めているということに気付かされたそうです。「台湾人のための万年筆を作りたい!」という思いこそ天益鋼筆を立ち上げた際の初心でした。


木材から万年筆を作り出す 年月と費用の「賭け」
郭氏の万年筆も、また決して安価な物ではありません。あるとき、木片から万年筆になる事で何故、価格が急に高騰するのかと質問された事があるそうですが、木材を購入することは郭氏にとって一種の「賭け」であると語っています。
「見た目の木目だけを見ても、中身も同じとは限りません。木材は少なくとも1、2年は水分を飛ばし、しっかりと乾燥させる必要があります。割った際に中が虫食いで穴が開いていたり、乾燥させる際に亀裂が入ってしまったりした木材からは万年筆を作ることはできません」
このように1つ1つの木材が万年筆になるまでの過程には多くの時間と費用を費やすことになり、決して価格が見誤った製品ではありません。

郭氏の手で木材が切り分けられ、研磨されると、徐々に木目浮かび上がります。どの万年筆もこうして作られるため、1つとして同じものはありません。▲郭氏の手で木材が切り分けられ、研磨されると、徐々に木目浮かび上がります。どの万年筆もこうして作られるため、1つとして同じものはありません。
 

独自の研磨技術 羽根のように軽い胴軸

取材中に未完成の薄い木目の万年筆が扇風機の柔らかい風に吹かれて動いたのを見て、その羽根のように軽い胴軸に驚きを隠せませんでした。
郭氏はペンを手に取ると、それを例に挙げて独自の加工技術について語り始めました。「これは台湾産ヒノキの古材で作られています。そのため、ほのかにヒノキの香りがします。胴軸には真鍮パイプを入れない一体成型のため、とても薄く、これだけの軽量化が実現しました。これらの技術は私が開発したものです。そのため、海外で良く見られるような、中に真鍮パイプが内蔵されていたり、外側に真鍮パーツを取り付けるような加工方法とは異なっています。」
さらに、また別の製品を取りだして語りました。「胴軸が角型で、内側が円形になっている万年筆は、キャップと胴軸の木目がぴったりと合うようにしなければならないので、とても難しいんです。試作の段階では、数えきれないほどの木片を使用して試したと思います」試しにキャップをそっと被せてみると、胴軸の木目とぴったりとつながりました。

郭氏が手掛ける木軸の万年筆は他とは異なり、真鍮パイプを入れずに一体成型するため、独自の加工技術を用いて手作業で形成されます。▲郭氏が手掛ける木軸の万年筆は他とは異なり、真鍮パイプを入れずに一体成型するため、独自の加工技術を用いて手作業で形成されます。
 

より良い商品を目指して、自ら足を運ぶ

天益鋼筆の万年筆は、郭氏がその品質を自らの手で管理していますが、専門的な技術を持つ技術者の力を必要とする時もあり、その時は、最高の品質を求め、惜しみなく費用を費やします。
胴軸の漆塗りでは、人工漆などが現代ではあまり好まれないことと天益鋼筆では天然木を使用して制作していることもあり、郭氏自身が各地を歩き回り、高価な植物から抽出された天然の漆を使用し、万年筆に合うような装飾を施します。
美食家が良い食材を求めて各地を歩き回るように、万年筆で最も重要な部品である「ペン先」に関しても、郭氏は台湾人が文字を書く時の習慣に合うようなペン先を探し求めます。 一般的に、ペン先は「欧文」と「和文」向けが多く、欧文向けのペン先はやや太く硬めで速記するのに適しています。逆に和文向けのペン先は、細く柔らかいのが特長で、画数の多い漢字に適しています。しかしながら、日本のペン先メーカーは輸出が厳しく、国内の職人向けに販売を行っていたため、さまざまなルートを辿った末、最終的にドイツ製のペン先をいくつか試し、硬さがちょうどよく、さまざまな書き味を実現することができるペン先を採用しました。

 

ペン先に関する豆知識

最高級の万年筆には通常18金のペン先が使用されています。万年筆はその人のステータスを表し、ており、またもう一方で書き味により深みを与えてくれるものでもあります。郭氏は数えきれないほどのペン先を見てきたため、その長年の経験により肉眼だけでその真贋を判断できるようになったそうです。専門家でない場合、「価格」と「書き心地」で判断すればいいかもしれません。
2,000~3,000台湾ドル(約7,500~10,000円)位の値段の18金のペン先は十中八九偽物だそうです。その理由として、18金のペン先にかかるコスト自体がそれ以上に高額であるためで、その偽物は素人を騙すために作られているようです。
現在では万年筆の多くが試し書きをさせてくれるので、その際に8を横に倒した「∞」の書き心地を試してみると様々なことが分かります。18金のペン先は特殊合金やクロムメッキ、鉄ペンなどの普通のペン先と比べて書き味が滑らかで、紙にペンを走らせてみると、ペンポイントが紙に吸い付くように密着し、流れるような書き心地を体感することができます。また書く時の力がペン先に伝わり、文字にも表現されます。普通のペン先で書くとペン先を逆方向に走らせる際に、紙の繊維に引っかかりやすくなります。

台湾地区限定 じっくりと丹念な手作業で作られる万年筆

当初のOEMとは異なり、現在、郭氏の万年筆はドイツ製のペン先を採用していますが、その他のデザインや生産は全て台湾で行っており、台湾らしさと文字を書く際の癖や気候なども考慮されています。郭氏が手掛ける木軸の万年筆は、気候などに左右されやすく、台湾の気候に合うように作られているため、かつて貿易を営んでいる商人から注文があった際に断ったことがあるそうです。台湾仕様で制作されている万年筆であり、その万年筆を真冬のニューヨークに持って行った場合、万年筆に含まれている水分が蒸発し、1カ月ほどで亀裂が入ります。完璧ではないものを頑として受け入れない郭氏は、気軽に海外向けの商品を受けることはありません。
深い色の胴軸(左)は最高級の18金のペン先が使用されています。薄い色(右)は一般的なペン先です。素人目には見た目で判断が難しいと思いますが、試してみるとすぐに価格と書き味の違いに気付くでしょう。▲深い色の胴軸(左)は最高級の18金のペン先が使用されています。薄い色(右)は一般的なペン先です。素人目には見た目で判断が難しいと思いますが、試してみるとすぐに価格と書き味の違いに気付くでしょう。
万年筆は書く人の癖に合わせて変化していくといった点が他の筆記具とは異なる点です。▲万年筆は書く人の癖に合わせて変化していくといった点が他の筆記具とは異なる点です。

文字を書く際の「精」、「気」、「神」にも独創的な見解があるように、郭氏は研磨の際に、磨けば磨くほど輝いていく様子を体感したそうで、「木軸の万年筆は触ると温かみを感じます。
万年筆を手にする際にも職人としての精神を忘れてはならないと思います」と語っています。こうした思いから、終始手作りにこだわって制作に取り組んでいます。
郭氏の職人哲学とは、「そんなに焦らなくていい」ということかもしれません。万年筆を使い続けることと同じように、長い年月の積み重ねによって、筆記の癖や筆圧などが万年筆に反映されていくという点は、他の筆記具には真似できないところでもあります。
現在では麻豆に定住し、万年筆の制作に専念する生活を心から楽しんでいます。「生きることは、ゆっくりと時間をかけて味わっていくことですから。」と話す郭氏が作り出す万年筆は、生きることと同じように、ゆっくりと時間をかけて作り上げられていきます。

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