連載コラム
2017年11月22日

ぬらくら 第81回 「消えたソグド文字」

前回の連載コラム「ぬらくら 第80回「シルクロードに消えた人達」でソグド文字についてチョコッと触れましたが、「消えた」ついでにソグド文字についても書いてみます。

とは言っても、専門的なことは書けないので、掻き集めた資料を基にまとめてみます。
ソグド人については前号でも書きましたが、今は存在しない民族です。

彼らが暮らしていた地域をソグディアナといい、その範囲は今のウズベキスタン共和国の東部からタジキスタン共和国の西部にまたがる地域に当たります。

この地域にはアラル海に注ぐシル川とアム川が有ります。
この二つの川の間にさらにザラフシャン川があり、その流域にはサマルカンドやブハラ、タシュケントなどのオアシス都市が散在します。

彼らはこれらのオアシス都市に住み、農耕に従事すると共に交易にも関わっていました。
その交易圏はユーラシア大陸全土に跨がる広範囲なものでした。

ソグド人はイラン系民族で中世イラン語の方言を話していました。
ソグド人たちが暮らしたソグディアナはアケメネス朝ペルシア(前550-330)の頃から知られ、アケメネス朝の公用語アラム語(写真-01)が彼らの文書行政や諸記録の言語として用いられていました。


【写真-01】
アケメネス朝の公用語アラム語アショーカ王の碑文/紀元前3世紀、カンダハール ギリシア文字とアラム文字の二語が併記されている(Wikipedia)​


アラム語の文字は二十二の子音文字からなるアラム文字で、アラビア文字のように右から左に横に書き記します。

アケメネス朝が崩壊した後もソグドの人たちはアラム文字を使い続けますが、次第にアラム語は忘れ去られてゆき、この文字を使って自分たちの言葉であるソグド語を書き表すようになります。これがソグド文字の起源になり、紀元前の頃にはソグド語の表記法も確立していたと考えられています。

敦煌の西にあった狼煙台の遺跡で312年のものと推定されるソグド語の手紙が発見されていますが、横書きされていたことが分かります
(写真-02)

【写真-02】

ソグド語の手紙古代書簡の一通/四世紀初頭
"When Did Sogdians Begin to Write Vertically?" written by Yutaka Yoshida
 -- Tokyo University Linguisitic Papers (TULIP)33(2013)375-394 --​



九世紀に入るとウイグル人がソグド文字を使ってウイグル語を表記し始め、ウイグル文字が生まれます。

ウイグル文字(写真-03)は、さらにモンゴル文字(写真-04)へ、そしてモンゴル文字は満州文字(写真-05)へと受け継がれていきますが、いずれも縦書きです。


【写真-03】
ウイグル文字"UIGHUR SCRIPT" by Kuddus Issiyev on The Uyghr <http://the_uighurs.tripod.com/Scrpt.htm>


【写真-04】
モンゴル文字AVE MARIA in 404 lingue
"Ordine Equestro del San Sepolcro di Gerusalemme, Milano (1931)" by David G. Landsnes​



【写真-05】
満州文字The Lord's Prayer in Manchu "Wikimedia Commons" <https://commons.wikimedia.org/>


アラム文字 → ソグド文字 → ウイグル文字 → モンゴル文字 → 満州文字

アラム文字は既に述べたように右から左への横書きだったことが分かっています。
しかし、今も使われているモンゴル文字や清朝時代の満州文字は縦書きです。

どこの段階で横書きから縦書きに変化したのでしょう?
研究者によって諸説あるようですが、どうやらソグド文字の段階で既に横書きと縦書きが混在していたようです。

中世イラン語研究者ヘニング(W. B. Henning)が1958年に出版した論文「中世イラン語(Mitteliranisch)」の中で、二つの根拠を元に、初めてソグド文字が縦書きされていることを指摘しました。

一つ目の根拠は、玄奘が書いた「大唐西域記」です。
その中で玄奘は、630年にインドへ向かう途中、サマルカンドを通過した時の記録の一つとして『ソグドでは文字は縦に読む』と明記しています。

二つ目の根拠は、ソグド語仏典の中に縦書きが残されていることです。

西安で発見された北周の大象2(西暦580)年の漢文とソグド語の二言語による史君墓の墓誌では、ソグド語は中国語の漢字と同じように縦書きされていることが見て取れます
(写真-06)

【写真-06】

北周の大象2(西暦580)年の漢文とソグド語の二言語による史君墓の墓誌史君墓の墓誌/580年、西安
"When Did Sogdians Begin to Write Vertically?" written by Yutaka Yoshida
 -- Tokyo University Linguisitic Papers (TULIP)33(2013)375-394 --​



1970年代末にインダス川上流の渓谷で多数の岩壁銘文が発見されました。
多くのインド語で書かれた銘文に混じってソグド語で書かれた銘文が600点以上見つかっています。

これらの銘文には横書きも縦書きもあります。
この銘文が刻まれた時期がちょうど横書きから縦書きに移行する時期に当たるのではないかと考えられています。その時期は岩壁に刻まれたソグド文字の書体から、四世紀から六世紀の間のものであると推定されています。

十一世紀の頃になると、ソグドの地方に浸透したイスラムの強い影響でソグド文字はアラビア文字に取って代わられていきます。

そして、ソグド人やソグディアナと同じようにソグド文字もシルクロードから消えていきました。


【参考文献】
1. "When Did Sogdians Begin to Write Vertically?" written by Yutaka Yoshida
  -- Tokyo University Linguisitic Papers (TULIP)33(2013)375-394 --
2. 「ソグド人と東ユーラシアの文化交渉」森部 豊:編、勉誠出版 2014年刊
3. 「中央アジア言語の研究 XXIV」中央ユーラシア学研究会 2009年刊
4. Wikipedia
5. Wikimedia Commons

タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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  著者 Information

ダイナコムウェア コンサルタント
ダイナコムウェア コンサルタント
mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。
1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。
設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、
総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。
1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。
Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・
フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。
現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
Blog:mk88の独り言