連載コラム
2017年11月06日

ぬらくら 第80回 シルクロードから消えた人達

敦煌、楼蘭、ホータン、サマルカンド、トルファン、カシュガル、タシュケント……。

いつ耳にしても心躍る地名です。

ユーラシア大陸のほぼ中央を東西に横切る大草原があります。
東の大興安嶺山脈の麓から西へ、モンゴル高原、ジュンガル盆地、カザフ草原、更に西方の南ロシア草原へと続く草原がそれです。
この草原を移動しながら羊、山羊、牛、駱駝、馬などの家畜を追って暮らす人達がいました。
遊牧の民、遊牧民です。

上に挙げた五種類の家畜をモンゴル高原では五畜と呼ぶそうです。
この中でも特に馬の存在は大きく、馬は彼らを騎馬遊牧民へと脱皮させました。
騎馬民族は馬を自在に駆り、馬上から矢を射る騎射に長けた軍団を形成していった人たちです。
そして行動範囲を急速に広げてゆきます。

スキタイ、パルティア、柔然、高車、エフタルの人達が騎馬遊牧民にあたるでしょうか。

一方、大草原に点在するオアシスを拠点に、農耕を生業とし、同時に商業にも才覚を見せ、定住にこだわらず、大草原に点在するオアシス都市間を自由に往来して交易路を開拓し、東西の多様な経済活動に関与したと言われている人達がいます。イラン系民族のソグド人です。

現在のウズベキスタンのサマルカンド州とブハラ州、タジキスタンのソグド州に相当する地域を居住地としたソグド人の国ソグディアナは、彼ら独自の言語・ソグド語を持ち、ウイグル文字の元になったと言われるソグド文字を利用し、ゾロアスター教やマニ教を信仰し、東方のイラン系の精神文化を中国にもたらした人々でもあります。

ソグド人が開いた大草原の交易路をシルクロードと呼んだのはドイツの地理学者リヒトホーフェンです。
1877年に彼の著書『China(支那)』の中で“Seidenstrassen”(「絹の道」の複数形)と書いています。

紀元前後になるとユーラシア大陸周縁部にローマ、パルティア、漢などの中央集権国家が成立し、それらを結ぶシルクロードの交易がさらに活発になります。

心躍らせてくれる地名として冒頭に挙げた都市こそがシルクロード上に点在するオアシス都市です。

シルクロードというと一本の太い道を連想しますが、実際は複数の都市やオアシスを結ぶルートの総称です。
シルクロードの起点については諸説あるようですが、広く東の起点は長安(現・西安市)、 西の起点はシリアのアンティオキアだと言われています。

ソグドの人達は隊商を組み、絹織物、金銀製の宝飾・工芸品、薬草、毛皮など軽くて高価な商品を扱って大きな利益を上げてゆきます。

彼らの隊商は高価な交易品を運んで長距離を移動するために、盗難や遭難のリスクも高まります。
そこでオアシス商人と騎馬遊牧民とが結びつくことになります。

オアシス民は彼らより機動力と武力に勝る騎馬遊牧民に交通路の安全を委ねます。
騎馬遊牧民はオアシス民とつきあうことで、穀物や繊維製品など生活必需品や嗜好品を容易に手に入れることができます。こうしてオアシス民と騎馬遊牧民の互恵関係が生まれます。

ユーラシア大陸の中央を東西によぎる一大草原帶を舞台に、オアシス民の商業経済力と騎馬遊牧民の軍事力とが手を結び、シルクロード交易は維持されてゆくことになります。

六世紀の中葉になるとアルタイ山脈で突厥(近頃「とっけつ」ではなく「とっくつ」と読むようになったようです)が勃興し、モンゴル高原の覇者となります。

突厥とはトルコ系の騎馬遊牧民です。
オアシス人たるソグド商人はモンゴル高原で覇権を握ったトルコ人・突厥と手を組み、彼らとの共生が始まります。

オアシス商人のソグド人が西域諸国の使節や商人として中国に出入りし始めるのは前漢(前206年 - 8年)の頃からと言われます。もう少し時代が下がり、後漢・三国時代(25年 - 280年)に入ると、敦煌や長安(現・西安)がソグド人を有能な官吏として取り込んでゆきます。

東方におけるソグド人の記録は、中原にあった中国歴代の王朝が編纂した正史を始めとする資料の中に数多く見られます。

当時の中国の文献に現れる康、安、米などはソグド人の名前です。他に史、何、曹、石、畢、羅、穆、
があり、これらを総称してソグド姓と言います。

ソグド姓と出身地の関連は次のようになります。

康 → サマルカンド
安 → ブハラ
米 → マーイムルグ
史 → キッシュ
何 → クシャーニヤ
曹 → カブーダン
石 → タシケント
畢 → パイカンド

羅、穆、
は対応する地名が特定されていません。

唐の時代に活発に活動したゾグド人ですが、安禄山(* 1)と史思明(* 2)が安史の乱(* 3)を起こして唐王朝に壊滅的な打撃をあたえます。

その結果、それまでの彼らの商業活動が周辺から反感を持たれていたこともあって、中国国内のソグド人は各地で迫害を受け、その勢いは衰退し徐々に周辺の民族に吸収されてゆきます。

また、ソグド人の本国ソグディアナは八世紀中頃にアッバース朝の直接支配下に入ります。 以後、ソグド人社会はイスラム化が進行し、徐々にソグド人としての宗教的・文化的独自性を失ってゆきます。

シルクロードで成功し、周辺国からも一目置かれた存在だったソグド人・ソグディアナも、時代の流れと変化に乗れずに消滅してしまいました。

これまでソグド人や突厥の記録は中国側から見たものばかりだったようです。
二十世紀末から二十一世紀に入って、突厥の遺構や碑文の発見が相次ぎました。
碑文の解読も徐々に進みソグド人と突厥の関係も少しずつ明らかになってきたようです。
彼らの知られざる一面がさらに明らかになる日もそう遠いことではないようです。

* 1:安禄山(あんろくざん)
唐代の軍人、大燕国皇帝。
本姓は康で康国(サマルカンド)出身のソグド人と突厥系の混血だと伝わっている。

* 2:史思明(ししめい)
突厥とソグド人の混血で安禄山と同世代・同郷だったため安禄山とは親しい仲だったという。

* 3:安史の乱
安禄山と史志明が755年から763年にかけて起こした大規模な反乱。

【参考文献】
『ソグド人と東ユーラシアの文化交渉』森部 豊:編 勉誠出版 2014年刊
『中央アジア言語の研究 XXIV』中央ユーラシア学研究会 2009年刊
Wikipedia

タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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  著者 Information

ダイナコムウェア コンサルタント
ダイナコムウェア コンサルタント
mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。
1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。
設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、
総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。
1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。
Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・
フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。
現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
Blog:mk88の独り言

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