ぬらくら 第79回 ドライマティーニ・モドキ
「ピニャコラーダ」と「チーズとホウレン草の春巻き・リンゴソース添え」でスタート。最初に出てきたピニャコラーダを一口、可も無し不可も無し。
「チーズとホウレン草の春巻き・リンゴソース添え」がカラッと揚がった春巻きの皮と中身のホウレン草に半分溶けたチーズが絡んで歯触りモッチリのコントラストが楽しい。大豆の大きさほどに角切りされたリンゴが埋まっているソースが、皿の上の見た目のコッテリ感を裏切って爽やか。
ピニャコラーダが生き返った。
さらに地元の伝統的な一品をと希望したら「サバの唐揚げと地元の温野菜 海老のペーストとチリ・ソース」を勧めてくれた。
待つこと暫し、四角い皿に載った陶器のソースポットからは魚醤と唐辛子の混じった強い香りに未知のスパイスの刺激臭が鼻先をかすめる。ソースポットの周りに軽く茹でたブロッコリーやインゲン豆、セロリ、ニンジン、キャベツ、キュウリ、トマト、初めて見るサヤエンドウ風、それに小型のサバの丸揚げと青い菜を巻いた卵焼きが並ぶ。
これは明らかにソースを楽しむ料理だ。
南にいることを思い知らされる魚醤の強い香りと唐辛子の十二分な辛さ。ソースに混じる緑色をしたひよこ豆ほどの大きさの実を摘まんで囓ると、大きな種が歯にあたる。香りも味も強い苦みのする実だった。苦みにも種類があることを教えられる。
何の変哲も無い野菜がこのヒリヒリする魚醤ベースのソースのお陰でその印象を変え、次々、胃袋に落ちて行く。
野菜が残った。皿に並ぶ量が多すぎるのだ。
残してしまったことを詫びながら皿を下げてもらう。
最後にどんな仕上がりで出してくれるのか期待しながら、飲み物のメニューの一番上にあるドライマティーニを頼む。
しばらくすると横手のバーの方から聞こえてくる『シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ……』といつ終わるとも知れない音、ひょっとしてシェーカーを振っている音なのか。これは不味いことになっているかも知れない。
ややあって大振りなカクテルグラスが運ばれてきた。
ドライマティーニだという。
グラスの中は細かな泡で濁っている。
爪楊枝に刺さした種抜きのオリーブの実と、その間に挟まれたシロップ漬けの紅色のサクランボが酒に沈んでいる。
この時点でアウト!
グラスを持つと冷たくない。
グラスを鼻先に運んでもジンが香ってこない。
一口すする。
それでもジンの香りゼロ。
ベルモットとシロップの甘味が舌先に残る。
運んできた女性に声をかけて再度確認する。
『これ、ドライマティーニですか?』
『そうです。当店のドライマティーニです。』
『いつもこういうスタイルなんですか?』
『はい、何か不都合がありましたか?』
『申し訳ないけど、これはドライマティーニではないですね。』
この店のドライマティーニの作り方は、こうではなかったのかと想像してしまう。
1.シェーカーに小さな氷を入れてジンとベルモットを入れる。
ベルモットはスイートを使い、多めに入れる。
2.氷が溶けるまで充分時間をかけてシェイクする。
3.よくシェイクしたら常温のカクテルグラスに注ぐ。
注いだ酒にシロップ漬けのサクランボを種抜きのオリーブの実で挟んだデコレーションを沈める。
こうして作れば、ジンの香りもパンチも無い、ベルモットとシロップ漬けのサクランボの甘味が舌先にのこる、水っぽいドライマティーニ・モドキができる。
店の雰囲気もスタッフも料理も好いのに、これがドライマティーニでは無いのがとても残念。
怒っているわけではないので誤解の無いようにと対応してくれたスタッフに念を押して、何故、ドライマティーニでは無いのか、その理由を具体的に伝えたが、分かってもらえたのだろうか。
ウイスキー・ソーダやジンフィズなどもそうだがカクテルは簡単なレシピほど美味しく作るのが難しいのだ。
その最たるものがドライマティーニだと思う。
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著者 Information

mk88氏
PROFILE●1942年東京都生まれ。
1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。
設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、
総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。
1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。
Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・
フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。
現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
Blog:mk88の独り言