連載コラム
2017年06月13日

ぬらくら 第75回 西安の一日

4月XX日(金)晴れ

来て見て分かったのだがホテルは西安のシンボルともいえる鐘楼の真向かい、西安のど真ん中だった。
昨夜、ホテルにチェックインしたのは夜も11時過ぎ、空腹を満たすために外出する元気も無く、荷物を解いてそのまま寝てしまった。

朝食なしのプランで投宿したので、ホテルの周囲を散歩しながら朝食によさそうな食堂を物色。
ホテルを出ると直ぐに喉がカサカサしてくるのは、朝から空をうっすら黄色くしている黄砂かPM2.5のせいか。

西大街に入ると、満員の路線バスに混じって大きな散水車がタンクの上に取り付けた散水口から、雨のように水を撒きながら目の前を通り過ぎてゆく。
散水車の水をもろに浴びながら、連なる路線バスの間を自転車や電動スクーターがすり抜けてゆく。

西大街をワンブロックほど西に歩いて竹笆市街に入る。
大きな柳の並木に隠れるように、赤や黄の食堂の看板が並んでいる。
シャッターを開けたばかりの店先から盛大に湯気を上げている店に、次々と地元の人たちが吸い込まれてゆく。
入り口に掲げられた看板には「東府小揚 澄城水盆羊肉」とある。

迷わず地元の人たちに続く。
店内は思ったより広く、がっしりした赤木のテーブルが八人掛けで置くまで並んでいる。
席に着く前に入り口のレジで注文。店員が見せてくれたメニューは馴染みの無い漢字ばかり。
説明してくれるのだが早口で聞き取れない。

メニューを良く見ると「麺類」と一括りにした欄を見つけたので、その中から烩麺を注文する。また早口で何か聞いてくる。『要不要醤?』あるいは『用不用醤?』と言っているようだ。テーブル上の麻辣味醤の小瓶を指差している風なので、醤味にするかどうか訊いてきたのだろう。もちろん麻辣味でお願いする。

初体験の(火偏に会)麺、10元(170円)。
麺はやや太めでコシがある。麺を覆っているのはスープではなく、餡掛けの餡のようにドロリとしている。羊の油がたっぷりと厚い層を作っている。
辛さの中に甘さを感じるのは羊の油のせいだろう。

恐れていたほどの辛さは無く食べやすい。スープを絡めて麺を口にふくむと山椒と羊肉の好い香りが鼻腔を抜けてゆく。山椒の微かな痺れも好い。スープも残さず完食。

帰りしなに店の奥まで行き、厨房のスタッフたちに『好吃了!』と声をかける。
スタッフの一人が厨房から出てきた。差し出された彼の両手をとって握手。
強く握った手に、強く握り返してくる人が珍しい。

東府小揚を出てから竹笆市街を奥へ進む。
気紛れで更に細い道に入ると、奥の方まで旗や幟を売る店がズラッと並んでいる。馬坊門(路地名)だ。

開けたばかりの店内に缶バッジやLEDのサインが並んでいる。
消火栓、配件庫、奨杯、彫刻などのサインが赤く青く店内を照らしている。
掃除をしている店の人に声を掛けて店内を撮らせてもらう。
彼女にレンズを向けると大慌てで店の奥に引っ込んでしまった。

馬坊門、南院門、院門口と路地をたどる。すれ違う土地の人がこちらを訝しげに見るが気軽に『ニーハオ』。
何を捜すでも無い、こういう気紛れが一人旅の好いところ。

路地が途切れて少し広い南広済街に出たので北上、西大街にぶつかる。
真向かいに百盛(百貨店の名前)の大きな建物が見える。
左手から減速せず歩行者を無視するように走ってくる車や、音のしない電動スクーターを避けながら西大街を百盛側に渡る。

百盛の下を通り抜けると正面に「回坊」と書かれた横断幕を掲げた細い路地の入口が見えた。
回族(イスラム教を信仰する漢人)の人たちが軒を連ねて商売している北広済街だが、南広済街に比べると随分と狭い路地だ。

羊肉と強い香辛料の香りが充満する回坊を、鼻孔を膨らませて進む。
行き交う男性の頭に載っているのは丸くて上が平らな帽子、女性は髪を包むように被り物をしている。
回族の人たちだ。周囲に飛び交う言葉は回族訛りの中国語のようだ。誰もが大声で話している。
そんな人込みを荷物を積めるだけ積んだ電動スクーターが音も無くすり抜けてゆく。

西洋市街まで来ると角の小さな店の前に長い行列ができている。
先頭に首だけ突っ込んで覗くと、腕まくりをして額に汗を浮かせた店員が客の声に応えるように大きな肉の塊を切り分け、ハカリに掛けてレジ袋に放り込んでいた。
客が手にする現金と引き替えに手渡す作業が目まぐるしくい。

大きな塊のまま燻製した肉を売る「劉紀孝腊牛羊肉店」の一角にできた行列は一向に短くならない。
この肉をビールのつまみにしたら旨いだろうな!

西洋市街を進んで行くと “Mosk” と赤い矢印の電飾が目に留まる。
迷わず赤い矢印に従って路地を入る。路地の入口に「化覚巷旅游記念品街」と書かれていた。
旅行かばん、帽子、Tシャツ、版画、ポスター、額、切り絵、人形、などなど土産物を売る店が薄暗い路地の両側に並ぶ。

進むほどに『こんな細い露地にモスクなんてあるわけないよなァ』と思いながら、引き返すのも面倒でかまわず奥へ進む。
細い露地がT字路に出て明るくなり、目の前に煉瓦積みの門が現れた。

西安清真大寺だ。
モスクといっても境内の佇まいは中国寺院そのもの。
門横の壁に掛けてある説明によると創建は唐代742年、今日まで1300年の歴史を刻んでいるとある。
入口で入場券を購入、25元(425円)。無愛想な門衛に入場券を示しながら煉瓦造りの門をくぐると目の前に赤く塗られた木製の門「木碑坊」が建っている。
木碑坊から奧に向かって五間楼、明石碑坊、冲天雕龍碑、敕賜殿、宣礼楼、連三門、一直亭と連なる建物を奧に進む。ウイークデーの故か境内は観光客の姿がチラホラ、静かだ。

一番奥が礼拝大殿で、屋根の下の大きな扁額の中で金色のアラビヤ装飾文字が光っている。
この礼拝大殿、一度に千人以上の人が礼拝できるらしい。

出口に向かう途中でポルトガル語の15人ほどの観光客とすれ違う。
彼らの賑やかさが控えめに見えたのは寺院の境内だからか、あるいは先ほど回坊を抜けてきた後だからか。

西安清真大寺の塀に沿って「化覚巷」を進んで行くと先ほど通った北広済街に出た。
もう一度、西洋市街を右折すると、観光客でごった返している北院門回坊文化風情街だ。

ここで昼食。

「老回回」と大書した看板に惹かれて店に入る。回族の料理だろう。

57画の例の漢字
店の看板に57画の例の漢字の使用例を見つけた。

Biang-biang mian
店員に何と読むのか聞くと『Biang-biang mian』と言っているように聞こえる。ビャンビャン麺(写真-2)だろう、15元(255円)。

烤羊肉(羊肉串焼き)2串20元(340円)と羊雑湯28元(476円)
他に紅柳の枝を使った烤羊肉(羊肉串焼き)2串20元(340円)と羊雑湯28元(476円)を頼む。
ビャンビャン麺、57画という大仰な漢字を使用している割にその味は温和しやか、普通の麻辣味の汁無し麺だった。
羊雑湯はスープだけかと思ったら器の底から羊肉と春雨のようなのがゴソッと出てきた。

羊肉を囓りながらビールが呑めたら最高なのだが、回族の食堂にビールは置いてない。残念!

老回回でノンビリ腹拵えして、北院門回坊文化風情街を北端から南に下る。
回坊よりも規模が大きな回族の土産物、食堂、甘味処がひしめく商店街を、回坊よりもさらに大勢の旅行者達が埋めている。
店頭でさらし飴を伸ばすパフォーマンスが大きな人垣を作っていた。

人混みに背中を押されるようにして北院門回坊文化風情街を往く。
回族の食堂や土産物店の間に挟まってポッカリ穴が明いたような空間は、赤地に金色で「榜眼及第」と刻んだ大きな扁額を掛けた四合院の門だ。
優秀な成績で科挙に合格し「榜眼」と呼ばれた高岳崧の住居跡は、四つの中庭を持つ四合院で高家大院と呼ばれている。

明代の崇禎年間(1628 - 1644)の建造。一般に公開されており入場料は15元(255円)。
門を入ると小さな中庭を夾んで人魚とおぼしき浮き彫りが施された照壁と、ここにも赤地に金色で「大風唐堂会演義」と刻んだ扁額を掛けた、皮演劇(影絵劇)を上演する劇場が並んでいる。

「北客房」とか「迎紫廳」と名前の付いている建物を飾る窓の中国格子は見事。
八十六室あるという住居の面積は二千五百平方メートル余り、内部を見学して一巡するのに40分以上かかった。

北院門回坊文化風情街が南端で尽きたところが鼓楼。
鼓楼からホテルの真向かいに建つ鐘楼までは鐘鼓広場を夾んでほんのワン・ブロック、いったんホテルに戻り今日撮った写真をパソコンに移し、ブログとフェイスブックへの書き込みを試みるも、両サイトとも接続できず。

こちらではURLにgoogleと入っているサイトや、Facebookには全く繋がらない。

「賈三灌湯包子」で夕食。
羊肉包子17元(289円)、黄豆青菜9元(153円)、酸辣湯6元(102円)。
丸い蒸籠に載った羊肉包子の見た目は小籠包、厚めで黄味がかった皮の内側には羊肉の挽肉が熱々のスープと一緒に詰まっている。
黄豆青菜は刻んだ青菜と大豆のサラダでピリ辛のソースを掛ける。
ここも回族の店でビールは無い。頼んだ酸辣湯は甘すぎて食事には合わなかった。

今日も好く歩いた。

タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
ぬらくらは、ダイナフォント News Letter(ダイナコムウェア メールマガジン)にて連載中です。
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  著者 Information

ダイナコムウェア コンサルタント
ダイナコムウェア コンサルタント
mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。
1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。
設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、
総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。
1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。
Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・
フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。
現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
Blog:mk88の独り言

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