連載コラム
2017年03月31日

ぬらくら 第72回 「日韓中出版タイポグラフィセミナー」レポート

2月の寒いソウルで開催された「日韓中出版タイポグラフィセミナー」に参加してきたので、予定していた記事に差し替えてお伝えします。

セミナーの開催概要は以下のとおりです。
セミナー名 日韓中出版タイポグラフィセミナー
開催日程 2017年2月18日(土)
9:00-18:00
会場 ソウル ニュー国際ホテル カンファレンスホール
テーマ 文字と出版 タイポグラフィにおけるデザイン人文学
主催 韓国出版学会・韓国出版文化産業振興院(*1)
参加者は日本、韓国、中国からの文字、フォント、印刷、デザイン、教育、出版などに関わる人の総勢50名ほどでした。

主催者の開会の挨拶や来賓の歓迎挨拶に続くセミナーは三部構成で、各国の講演者とそのテーマは講演順に以下のとおりです。講演のさわりを抄訳してご紹介します(講演者の敬称は略させていただきます)。

◆基調講演
「ハングル文献の編輯・出版の発展過程」
洪允杓(Hong Yun-Pyo/前 韓国・延世大学教授)

文献の編集および出版の変化とは、文献の内容と形式の変化である。
韓国の文献出版の歴史的変化には三度にわたる重要な転換点があったといえる。
一回目は1443年に訓民生音ができたとき、二回目は十九世紀末の筆記具と出版の道具・材料である鉛活字・洋紙・印刷機を輸入したとき、三回目は二十世紀末にコンピューターを導入したときである(以下略)。

◆第一部:書体は時代の顔である
「異なる文化のはざまで揺れる日本の明朝体」
小宮山博史(佐藤タイポグラフィ研究所所長)

ヨーロッパ人による明朝体活字の開発には、紙・活字・羅針盤・火薬という中国の四大発明が深く関わっている。羅針盤の発明は遠洋航海を可能にし、大航海時代を生み出した。はるか東のアジアからもたらされる珍しい文物は、ヨーロッパ人に異文化への興味と交易への意欲をかりたてていく。
東洋学の誕生と対清貿易への積極的姿勢である。そこでまず必要となるのは自国語と現地の言語との対訳辞書であることは言うまでもない(以下略)。

「浮沈をくりかえす中国の書体」
孫明遠(Sun Ming-Yuan/西北大学芸術学院副教授)

中国フォントデザインの最初の繁栄は1910 - 1930年代に表れ、日本帝国主義の侵略戦争の影響で中断された。この時期に35種以上の金属活字による書体が出現したが、その殆どは中国の古典書体だった。
中国のフォントデザインの最初の繁栄は西洋式活版印刷技術の広範囲な普及の時期に、中国伝統文化及び審美精神復興の追及、民主主義意識の引上げという三つの要素が作用し発展・形成されていった(以下省略)。

「書かれた文字から活字へ ― 揺らぐハングル文字」
劉建国(Ryu Hyun-Guk/筑波技術大学教授)

現代ハングルフォントがどれだけ伝統的なハングル活字を洞察し、それらを超える意図された目的をもって製作されたのだろうか。この時点から近代ハングル活字の歩みを詳細に探れば、本文用書体の限界の中で未来に向けた何らかの回答を得ることができるだろう。
活版印刷をするためには、活字一つから印刷機械にいたるまで実に膨大な用具が必要である。また、職人たちが活字を一本一本組んで印刷するためには100分の1単位の精度が要求される。そういう意味で、活版印刷の現場は職人の手作業による「文字の小宇宙」だといえよう(以下略)。

◆第二部:書体デザインは「ことば」のデザインである
「日本の本文明朝体を作る」
鳥海修(字游工房社長)

文字はメッセージを伝え、残すために生まれた。その後、「書」が表現芸術として昇華していく一方で、「活字」は商業印刷の分野で、思想や文芸など、考え方や物語を言葉で表現するための黒子として発展してきた。
特に本文書体は言葉を正確に、かつ読みやすいことを目的とし、活字自体が主張することはない。
そうしたことから本文書体の理想は「水のような、空気のようなもの」になぞらえることができる(以下略)。

「中国楷書 ― 書から活字へ」
汪文(Wang Wen/方正字庫字体設計副総監)

中国楷書体の発展の歴史を体系的にまとめると、楷書体が書法、文字の筆記から印刷に進み、デジタル化によって情報時代に進む過程が分かる。
筆記体である楷書体の研究を通じて、漢字テキストのフォントデザインの方法と基礎理論、楷書体と教育、情報伝達、中華古代と現代の文明との関係を探る(以下略)。

「ハングル書体の動向と現状分析」
淑(Yoo Jung-Sook/前 ソウル女子大学研究教授)

1980年代のコンピュータの導入以来、韓国国内には数多くのフォント開発会社が設立され、デジタル技術の急速な発展によって時代の変化に伴うたくさんのデジタルフォントが開発された。
世宋大王記念事業に付設されたハングル書体開発研究院では1998年の開院以来、2004年に17社のハングルフォント開発会社、約3000種に及ぶハングルデジタルフォントの現況を報告している。
最近の(社)韓国フォント協会の報告によれば、2015年には韓国国内に45社のフォント開発会社があり、このうちの24社が国内で保有する書体は5941書体であるという。
これらの報告を元にすると、2016年には約50 - 60社のフォント開発会社と約6000種以上の多様なハングル書体が開発されているものと推察することができる(以下略)。

◆第三部:タイポグラフィは文化を運ぶ舟である
「日本のブックデザイン」
日下潤一(ビー・グラフィックス代表)

新聞のコラムに、本がテーマの連続インタビューがあった。そこに登場するのはブックデザイナーから印刷者、アスリート、女優などなど。その一回目はブックデザイナーだった。
私は以前のように『本とは何か? フックデザインは誰のためにあるのか?』などと自分に問いかけることは、このところしてこなかった。
そのささやかなブックデザイン論を読んで、久しぶりに本とその装丁について考えてみた(以下略)。

「漢字デザインの考察 ― 見出し書体に基づいて」
(Liu Zhao/北京中央美術学院講師)

文字は文化を視覚化したものでその文化の特徴と歴史を直接反映している。
漢字は中国文化の媒介であり、楷書体は漢字フォントデザインにおいて美しいデザインを代表するものである。
この講演は「楷書体と漢字フォントデザイン」「未来回帰的なフォントデザイン歴史観」「中国フォントデザインの現代における意義」「漢字フォントの比例と美学」を中心として出版物のタイトルフォントデザインの問題点を探ってゆく(以下略)。

「ハングル本文書体比較 ― 活版から電子出版」
李起盛(Lee Ki-Sung/韓国出版文化産業振興院院長)

この講演では1970年台の鉛活字による組版と、1980年代の写真植字による組版、デジタルフォントについて、本文用の書体を例に挙げて論ずる。
本文用ハングル書体の音節を比較するには音節を構成する基本字母の形とそれがどこに置かれるのかということが重要である。
ラテンアルファベットは字母の形は変わるけれども音節を先に作らずに分かち書きによって単語が構成される特性上、字母を基準線 (Base Line) に沿って水平に並べるだけでよく、位置によって形が変わることは無い。
しかしハングルの字母は、それが置かれる位置によって形と大きさが変わる。
一般的に字母には子音字母と母音字母とがある。ハングルの音節を組み合わせるときの字母は、初声、中声、終声(パッチム)に区分される(以下略)。

すべての講演が終わり、筑波技術大学教授の劉賢国さんの司会で講師全員による「ディスカッションとQ&A」があり、閉会の辞、告知と記念撮影と進んで全てのプログラムが終わったのは予定を一時間以上も過ぎた午後7時過ぎ、登壇したわけでもないのに、ぬらくら子も流石にくたびれました。

セミナーは日・韓・中の同時通訳で進行したのですが、韓国と中国の講演者は話しているうちに熱くなってしまうのでしょう、機関銃のような速さで言葉を放つので同時通訳が間に合わず、耳に掛けている同時通訳のイヤホンの中が『シ~ンッ!』とすることがしばしばでした。
今回のセミナーは文字(活字・フォント)とタイポグラフィ(組版)を一つの俎上に載せて論議するプログラムで、文字に偏りがちな日本の同様のセミナーも一工夫あってもいいなと思いました。
セミナーの最後に主催者から『直前まで推敲を重ねた講演者の資料が同時通訳の手に届いていなかったことと併せて、一部の講演者があまりにも早口だったために、せっかくの同時通訳がうまく機能しなかったことを深くお詫びいたします。』と挨拶していました。
休憩時間に屋上に出ると、セミナー会場になったホテル前のメインストリート(太平路)の幅一杯に大型バスが隙間無く並び、はるか向こうからはデモの拡声器の声がかすかに風で流れてきます。
この大規模なデモは青瓦台の住人・朴槿恵大統を糾弾しているデモで、規制しているのは日本の機動隊にあたる韓国軍の兵士だとセミナーに参加しているソウルの友人が教えてくれました。

*1 韓国出版文化産業振興院
韓国の行政機関・文化体育観光部の傘下の組織

タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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  著者 Information

ダイナコムウェア コンサルタント
ダイナコムウェア コンサルタント
mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。
1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。
設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、
総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。
1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。
Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・
フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。
現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
Blog:mk88の独り言

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