シネマ凜誕生秘話 「唄うように、おしゃべりするように。」
シネマ凜タイプフェイスデザイン 鯉渕睦美氏インタビュー
2016年10月28日にリリースした「DynaSmartシリーズアップグレード 2016」で「シネマ凜」の新たな太さW4が「DynaSmartシリーズ」に収録されます。今回「シネマ凜」をデザインされた鯉渕睦美氏に「シネマ凜」のデザインコンセプトや制作プロセス、また文字を書く事への想いなどについて伺いました。
自分自身の文字の特徴を活かせる仕事として、映画字幕制作会社に入社しました。シネマ凜は、この映画字幕制作会社時代の経験に基づいて生まれたアイデアで、自身の文字と字幕の特徴を掛け合わせた文字です。退社後は字幕以外の文字の可能性を追求してテロップや絵本など、手書き文字にこだわってアプローチしておりました。
Q.普段から文字を書く事に対してこだわっていることがあれば教えていただけますか?
映画字幕は1本の映画を通して同じ書体で書くことを求められます。しかし、台詞には喜怒哀楽が溢れています。1字ずつ台詞を噛みしめながら書いていくと自然と感情がこもりますが、同じ書体であっても感情を喚起させるよう、それでいて映画の邪魔にならぬよう意識しておりました。字幕を離れた現在でも文字の持つ感情を意識して書いております。
Q.それでは今回の書体のデザインコンセプトをお聞かせいただけますか?
日本で最初の字幕制作会社に在籍していた字幕タイトルライターとしての経験と自分自身の手書き文字の特徴を合わせてみようと考えたのが「シネマ凜」のコンセプトです。同じ文字の繰り返しであっても、笑い、泣きといったそのシーンや感情に添うような文字づくりを目指してみました。書き出しのストローク、曲線、直線の独特な組み合わせから、これまでの字幕書体にない風合いを感じていただけると思います。
Q.フォント・ストロークの特徴をお聞かせいただけますか?
字幕の特徴とも言える空気穴を最小限にとどめ、字幕の雰囲気を残しつつ、他の媒体でも利用しやすい書体に仕上げました。文字の書き出しのストロークに筆圧を加えることで手書きの際の書き順を喚起し、より手書きの味わいを残しています。直線、曲線、編やつくりに独自のアレンジを加えており、本来の字幕書体より文字のデザイン性が高くなっています。通常の字幕書体より正体に近く、より手書き文字に近い書体デザインです。また字幕創成期の文字の流れを汲んだ書体になっていますので、ノスタルジーを感じられると思います。
Q.作品を書かれた際のペンの種類を教えていただけますか?
ロットリングのisograph(0.6㎜、0.7㎜)を使用しています。
Q.そのペンで作品を書いてみようと思った理由をお聞かせいただけますか?
映画字幕会社時代、先輩方がisographを使って書いていらしたので、私もそれにならって書いておりました。均一な線が書けるところが字幕向きで、その後も愛用しております。
Q.書体をデザインしていく過程で、ご苦労なさった点などがありましたらお聞かせいただけますか?
やはり書いた事がない字、特に画数の多い字のバランスが難しかったです。字幕では略字を使用しますが、フォントとなると略す訳にもいかず。ほとんどの字は無意識で書けたのですが、後半の追い込み時期に難字が集中したのでかなり時間がかかりました。
Q.デジタルフォント化に際して、ダイナコムウェアのフォント開発に参加された感想をお聞かせいただけますか?
以前、フォントがどのように作成されるのか調べたことがあります。原字を書く苦労もありますが、製品として使用に耐えうるように微調整していくご苦労は大変な事と思います。コンテストから発売までの年数を考えると、一字を生み出していく過程の一つ一つが感慨深いです。
Q.「シネマ凜」の書体名を決める際にも色々とご協力いただきまして誠にありがとうございました。「凜」という文字への思いをお聞かせいただけますか?
私の三味線の芸名を「都一凜」(みやこ いちりん)といいます。この芸名は「何があっても揺らがない、唯一無二の存在を目指して芸道に精進する」という思いを込めて命名されています。今回の書体もこの精神のもとにデザインされており、そういった過程を踏まえ、自分の中で「凜」という一文字が浮かび上がってきました。
Q.2015年には「シネマ凜W3」を、そして2016年には「シネマ凜W4」がリリースされますが、作品を実際、デジタルフォントとして使用してみた感想をお聞かせいただけますか?
歌詞カードを作成するのに使用してみましたが、私が最も重要視する「唄うように、おしゃべりするように。」という雰囲気が出ていると感じました。やはり字幕の歴史に基づいてデザインしておりますので、感情を表すのに向いているのかもしれません。
Q.今後、多くのデザイナーがシネマ凜を使用する事についての感想をお聞かせいただけますか?
現在、数多くのフォントが存在し、字幕を基にしたフォントも多数あります。その中で「シネマ凜」がどう差別化され、選択されていくのか不安もありますが楽しみでもあります。
Q.今後、書いてみたい書風(デザイン)など、次作のアイデアなどはございますか?
通常は三味線弾きでもあり、会社員でもあり、フォントデザイナーとしての活動はしていないのですが、もし次回チャレンジするのであれば、自身の字そのものにも特徴があるので、手書きそのものでフォントを作成してみたいです。
Q.最後になりますが、鯉渕様がお勧めする書体の活用法、またこう使用して欲しいといった願望などがありましたらお聞かせいただけますか?
以前、私の字でハンコを作られた方がおりました。字の再現性も高かったのでおすすめです。ひらがなに特徴があるので絵本などもいいかもしれません。言葉を表現するのに「シネマ凜」は最適だと思うので、「唄うように、おしゃべりするように。」自在に感情を乗せて頂きたいと思います。
上段はコンテスト出品時に鯉渕氏が書いた文字の一部。下段は実際にデジタルフォントとしてリリースされた際のシネマ凜W3。
鯉渕氏が長年文字を書くときに愛用しているロットリングのisograph。「シネマ凜」をデザインした際も使用。
書き出しに筆圧をつけることでインクペンならではのウロコを表現。手書きならではのストロークも特徴。
鯉渕睦美氏
PROFILE●映画字幕タイトルライターとして活躍後、三味線演奏活動と会社勤務を併行して続けている。写真は氏の幅広い表現活動の一つである三味線演奏の様子
カテゴリー:手書き風書体
書体の太さ:W3/W4
字幕タイトルライターが字幕文字と手書きの特徴を合わせた書体です。文字の書き出しのストロークに筆圧を加えることで手書きの際の書き順を喚起し、より手書きの味わいを残しています。2016年新書体としてW4の太さが加わりました。