連載コラム
2015年05月29日

ぬらくら 第54回 ブラック・レター体(その2)

ここで、この時代がどのような時代だったのか見てみましょう。

十一世紀から十二世紀の頃のヨーロッパは人口が増え続けて食糧が不足するようになります。
農村地帯では食糧増産のために開墾運動が盛んになり、鬱蒼と生い茂った森が 開墾によって姿を消していきます。それでも食糧不足は解消されず、農村部から都市部への人口移動が起こります。

土着宗教徒であった農民の都市部への流入はキリスト教徒が多く暮らす都市に 混乱や不調和をもたらしました。そこで都市のキリスト教聖職者は聖母マリア信仰が持つ『母なる大地の神と自然神の普遍性』を強調して、移住してきた農民が持つ地母神信仰と重ね合わせることによってお互いを融和させます。
しかし、農民にとって森林から離れて暮らすことの喪失感や開墾によって失ってしまった神秘的な森への憧憬の記憶は消しがたいものだったようです。

さらに、この時代はゴシック建築様式による大聖堂が競って建てられた時代でもありました。
入り口に並ぶ石柱は森林の樹木を思わせ、ステンド・グラス越しに射し込む光は 森の木漏れ日を偲ばせる大聖堂は、農民にとって昼なお暗い森を想起させ、 彼らが祖先から受け継いできた風習や信仰を蘇らせたようです。
こうした大聖堂が示した視覚による信仰の融和と定着は、威厳と荘厳を誇るゴシック建築が果たした隠れた功績だったようです。

ゴシック様式の聖堂は内陣の高いアーチや窓、鐘楼、屋根などの形が昇高性を 象徴するかのように先が尖っています。この時代の手書き書法のブラック・レター体の先端が細く尖り幅が狭くなったのは あたかもゴシック建築様式と呼応するかのようです。

十五世紀には教会専用の公式書体としてカロリンガ書体から 「レットレ・フォルム(Lettre de Forme)」と呼ばれる先の尖った書体が生まれます。そして「レットレ・フォルム」から「テクストール(Textur)」と呼ばれる これも教会公式書体になったブラック・レター体が生まれます。「テクストール」にはドイツ型、フランス型、オランダ型と三種類ありますが、 いずれもその印象は垂直で、文字幅が狭く、角張った力強さを持っています。

十五世紀中葉に活版印刷を始めたヨハネス・グーテンベルグ(Johannes Gutenberg)が 最初に作った金属活字がドイツ型の「テクストール」です。この活字によって彼が最初に印刷したのが、殆どのページが四十二行であることから 「四十二行聖書」と呼ばれている聖書です。

「テクスゥトール」からはさらに「フラクトゥール(Fraktur)」と 「シュバーバヒャー(Schwabacher)」という二つのブラック・レター体が派生します。
イタリアに渡ったテクスゥトールは、全体に丸みを帯びてやや幅広になり 簡素化された「ロトンダ(Rotunda)」になります。

ブラック・レター体が時にゴシック体と呼ばれることがありますが、これは十四世紀の 中頃にイタリアを中心に活躍した人文主義者達(*1)が、自分たちが使用していた 「カロリンガ書体」に対して、ブラック・レター体を野蛮で悪趣味だという意味で 『ゴート的(Gothic)』だと形容したことに由来すると言われています。
Gothicの語幹 Gothe(ゴート)はゲルマン系の民族のことで、東ゲルマンに 分類されるドイツ平原の古民族のことです。

パソコンで利用できるフォントとして「デューク・ド・ベリー(Duc De Berry)、 「ノートルダム(Notre Dame)」、「アルテ・シュバーバヒャー(Alte Schwabacher)」、 「ウイルヘルム・クリングスポール・ゴティッシュ(Wilhelm Klingspor Gotisch)」 などがあります。
『ドイツ的な雰囲気』、『伝統がある・昔から続いている』などを表現するときに利用すると好いでしょう。

ただ、ブラック・レター体を使う時には「単語を大文字だけで組まない」、 「二種類ある小文字の“s”を使い分ける」、「“ch”は必ず合字を使う」などの 厳格な組み版ルールがあるので注意が必要です。また、ドイツ語組み版には英語とは異なる引用符の使い方などもあるので、 興味のある方はブラック・レター体を利用するときに調べてみることをお勧めします。

以下のサイトで、テクストール・ロトンダ・シュバーバヒャー・フラクトールの字形の違い、四十二行聖書のページの一部、ブラック・レター体を使ったロゴマーク などを見ることができます。

▼リンク先を参照なさるときは読者各位の責任でご覧になってください。
https://www.sitepoint.com/the-blackletter-typeface-a-long-and-colored-history/


*1 人文主義者
ギリシア・ローマの古典文芸や聖書原典の研究を元に、神や人間の本質を考察した知識人のこと。

【参考資料】
『欧文書体百花事典』 組版工学研究会編  株式会社朗文堂発行 2013年

『欧文書体その背景と使い方』 小林 章 著 株式会社美術出版社発行 2005年
タイトルの「ぬらくら」ですが、「ぬらりくらり」続けていこうと思いつけました。
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  著者 Information

著者
ダイナコムウェア コンサルタント
mk88氏

PROFILE●1942年東京都生まれ。
1966年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒。
設備機器メーカー、新聞社、広告会社を経て、
総合印刷会社にてDTP黎明期の多言語処理・印刷ワークフローの構築に参加。
1998年よりダイナコムウェア株式会社に勤務。
Web印刷サービス・デジタルドキュメント管理ツール・電子書籍用フォント開発・
フォントライセンスの営業・中国文字コード規格GB18030の国内普及窓口等を歴任。
現在はコンサルタントとして辣腕を振るう。
Blog:mk88の独り言

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